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『足利アナーキー』不良マンガの新境地!喧嘩の肌感覚あふれる意欲作

更新日:

著者:吉原さん

この記事は以前運営していたサイトにおいて、2011年1月16日に投稿したものをほぼそのまま転載しました。

吉沢潤一『マリア』が連載終了したことを受けて、改めて吉沢潤一先生というマンガ家をご紹介いたしたく、代表作とも言える『足利アナーキー』の記事をここにおさらいとして再掲載したいと思います。

それでは、よろしくお願いします!

まったく新しいタイプの不良マンガ

初めて『足利アナーキー』を読んだのは、連載第5回の「#5 抗争①」。

そこで殴られている人の顔を見た瞬間、ついに新しい不良マンガがはじまったと感じました。

『足利アナーキー』殴られた顔

(秋田書店/吉沢潤一『足利アナーキー』1巻 #5「抗争①」)

誇張は感じますが、作者本人の体験的知識で描かれていることがビシバシ伝わってくる絵です。間違っても想像力で出てくる絵じゃない。

そういえば、上から拳骨くらってもこんな顔になるよなぁ~。今まで描かれてこなかったのが不思議なくらいの表情! 見れば見るほどほれぼれする(惚)。

作者のリアリティにかける想いが伝わってくるようです。

「これが描ける」というだけで、相当にオリジナリティの高い作品であることは疑いようがなく、毎週読むことに決定。

「リアルだから良い」わけんじゃないんです。暴力的な面のリアルさを通して何がしかを表現したいという強い意欲を感じました。

ステレオタイプな不良マンガ界

そもそも不良マンガの切り口は一般的な他のジャンルに比べて、バリエーションが少ない傾向にあります。

理由のひとつは、アウトローでオリジナルな体験を持っているマンガ家が(当然ながら)少ないこと。ちょっとやそっと自分たちで蹴ったり殴ったりしたくらいじゃ取材になりません。

にもかかわらず、定番のジャンルであり、一定の需要が常に存在します。

例えば野球マンガだとテレビで見たり、実際にプレーしたり、取材したりといろんな角度や切り口で対象に触れることができますけど、"喧嘩"って言うまでもなくアンモラルな行為なんで、なかなかその対象に触れることができないんですよ。

つまり絶対的にそのジャンルの「体験」という素材を持った母集団が少なくなります。

これでは切り口のバリエーションが少なくなってしまうのは仕方のないことですね。

また、「不良マンガ」にはそういった暴力描写における「リアルさ」が求められているわけでもなかったのでしょう。

要はアウトローな感じを追体験できればスリルがあって面白かろうということであって、過剰にリアルな暴力描写って不快感が伴う分、暴力行使のカタルシスを味わうにむしろジャマとされることもあります。

が、そんな空気なんか意に介さず、『足利アナーキー』は登場しました。

妙に力のある作者の解説

作者がどこでどういう経験をして、このマンガを描いているのかは推し量るばかりですが、とにかく新鮮!

とっても具体的・体験的な知識で描かれているかに見えるその手法がたまらないんですよ。なにせ作者本人が「ウソではない」というくらい、体験的な知識。

一見 勝ち目のない 喧嘩… 多勢に無勢とは正にこのこと…

だが

やり方次第では五分の戦いになる…

ウソではない

『足利アナーキー』ウソではない

(秋田書店/吉沢潤一『足利アナーキー』1巻 #5「抗争①」)

「いいよいいよ。そんなに言うなら信じるよ」って気にさせられます。

かといって『ホーリーランド』の格闘解説ともまた違う。もっと乱戦や禁じ手、状況、心理的駆け引きも含めたマクロな視点です。『ホーリーランド』が“格闘”マンガだとすると、『足利アナーキー』は“戦闘”マンガといったところでしょうか。

いわゆる「健康優良不良少年」

また不良マンガにありがちな「ベタついた友情」とも「大人はわかってくれない」的なわかりやすい反抗心とも無縁です。なんていうかフラット。これが大きい!

中高生特有の繊細さや自己同一性の獲得への道といった趣きではなく、若者らしいパッションの爆発です。そういう意味で言うと不良マンガというよりスポーツマンガの方が近い。

ただ対象が喧嘩ってだけで。

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なぜ、喧嘩をするのか?

この作品。

ただ単にカッコよくエンタメチックに暴力をふるうわけではないのです。この点、まるで前置きのように、第一話で彼らを「人間失格!!!!」としっかり断じています。

なので、より悪いやつらを登場させて、「それを退治する主人公=いいやつ」という構図も与えない。

当然「彼女がレイプされた」などの暴力を行使してもよい「正義の理屈」も与えない。

ただ「この生命力には逆らえない」と疾走する。

これは人間の本質に迫ろうとする意欲作であり、己の魂を燃焼せんとする青春マンガです。

喧嘩ってのはな

スポーツでも音楽でも芸術でも味わえねぇ…

もっと根本的な"熱"がある

『足利アナーキー』喧嘩への熱

(秋田書店/吉沢潤一『足利アナーキー』2巻 #11「クロサワとカラサワ」)

「他人に暴力をふるって、なにが青春だ」「正当化するな」との声も聞こえてきそうですが、それはまあその通りではあります。

しかし、善悪を描きたい作品ではありません。だからこそ彼らの暴力に正当性を与えず、「正しい暴力」としての気持ちよさを読者に許可していないわけです。

『エアマスター』で坂本ジュリエッタも言っていたじゃありませんか。

人生の意義は「魂の燃焼」なのだ、と。

佐伯四郎「じゃあ 人生の意義とは何だ?」

坂本ジュリエッタ「魂の燃焼だ」

『エアマスター』坂本ジュリエッタ「魂の燃焼だ」

(白泉社/柴田ヨクサル『エアマスター』7巻 第51話「愛していると言ってくれ」)

ファッションで喧嘩やってるんじゃないんですね。

それでは、また!

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