「人は幸せになるために生まれた」わけではない。【前編】JKとキリンジに学ぶ幸福論

キリンジに学ぶ幸福論

著者:吉原さん(@yoshihara_san

先日、世界の中でも「幸福な国」として知られるデンマークに伝わる「ヤンテの掟」(Gigazineより)

という記事を見かけました。

「ヤンテの掟」とは、つまるところ自分が「平均以下の人間」であると認識し、ゴール設定を「平均的な生活」に置くことで、平均的な生活を手に入れた時にそれで満足することができる「10ヶ条のルール」なのだそうな。

へぇ~。

ところで。

常々私は「幸せ」に絶対の価値を置く、「幸せ真理教」にはハマっちゃいかんと主張しています。

バカにならない数の人が、表層的な「幸せ」を追いすぎなんですよ。ちょっとこの機会に整理してみたいと思います。

それでは、よろしくお願いします!

「ヤンテの掟」幸せを感じるテクニックの是非

「ヤンテの掟」そのものはもっといろんな示唆もあるかと思われますが、記事の主旨となっている論理としては、「基準となるハードルを下げると、ちょっとのことでも幸せ」ということになります。
有り体に言えば、幸せを感じやすくするテクニック…ですね。

しかし、多くの人が人生の目的と感じる「幸せ」というものは、そんなテクニック的なもので片づけられてしまっていいのでしょうか?

相対的に「幸せ」が感じられれば、それで良い。…というようなものなのでしょうか?

そもそも「幸せ」とは一体なんなのでしょうか?

「幸せ」とは感情である

こういった講題の検討は、まず言葉の定義づけが大事。

「幸せ」とはなんでしょうか?

「にしすーごと。」というブログで、女子高生ブロガーのにしすーさんは「幸せとは、自分の欲求が満たされたと感じたときに表れる感情。」と主張されていました。

哲学または生理学等の力を借りれば、理屈をこねていろんな定義づけができるでしょうが、現代日本における普段着の「幸せ」の定義としては適切だと思います。

ここでは、にしすーさんの定義で進めさせてください。

・幸せは感情である

・幸せは欲求を満たすことで感じられる

人は幸せになるために生まれた?

歌や書籍でよく聞く、耳に心地の良いフレーズです。

では。

「幸せ」が感情であるとして、「幸せになる」とはどういうことでしょうか?

「幸福感」で満たされた毎日を指すのでしょうか?

キリンジ『ハピネス』の一節

ここで、キリンジの『ハピネス』という曲の一節をご紹介します。

あぁ、特に説明するまでもない事ですが、皆さんご存知のとおりキリンジ(KIRINJI)とはとてつもなく素晴らしい最高なバンドです(説明終わり)。

『ハピネス』

ハピネスはピンクのシャンパンの

泡のようなものだと君は信じてるの?

気の抜ける前にグイッと飲み干して

注ぎ足さねばならないものだと言い張るの?

グラスに皹が入っているのに

(ユニバーサルミュージック/キリンジ『For Beautiful Human Life』収録-「ハピネス」)

For Beautiful Human Life


ピンク、シャンパン(アルコール)、泡、グラス、皹(ヒビ)。

印象的な単語を抜き出すだけで、この歌詞の持つ「幸福に対する観念」があらわになるようです。

「幸せ」はピンクのシャンパンの「泡」だって?

生まれては消え、人を酔わせ、放っておけば気が抜ける。

だからその前にすべてを飲み干して、新しく注がなければならない。

君は、誰かに「幸せ」を注ぎ続けてもらうことを望んでいるのかい?

すでにヒビが入ったそのグラスに。

そんな意味合いでしょうか。

まるで、中国の故事にでてくる「トン」のように、貪欲に「幸せ」を求め続ける様が目に浮かびます……(『蒼天航路』冒頭のアレです)。

トンはどうなったか?

太陽を飲み込もうとして海に沈みました。

そうです。

赤子の頃ならともかく、そんな毎日はいつまでも続きません。「君の暖炉の火を守る人はいない」のです。

どうあっても、単純な快楽としての「幸せ」が毎日欲しいのであれば、酒やクスリ、宗教の力を借りなければならないかもしれません。

「幸せ」のおかわりコールよりも大事なもの

実際、やだなぁ。

常に「幸せ」を注ぎ続けてあげなきゃならない人って。

男性側からのプロポーズ時に「絶対幸せにします!」って言葉が常套句としてありますけど、それって「幸せ」を感じるネタを投下し続けることを約束する言葉なんでしょうか?

そういう意味だ、と仮定して。

もし自分が女性だとしたら「私ってあなたに幸せにしてもらわないと、幸せになれないのかしら?」くらいは聞くかもしれない。

その意味で、以下の女子高生ブロガー・にしすーさんのツイートは心情的には近いものを感じます。

ちなみに、個人的には350円以上のプリンを食べればいつでも幸せになれます。

要は、「幸せ」というよりも「納得」があればいいのです。「幸せ」にはなれなくてもいいけど、「納得」ができない人生はイヤだ。

「納得できない」ってことは納得できないってことです。そんなん納得なんかできませんよ、イヤに決まってるじゃないですか。だって納得いってないんだから。

荒木飛呂彦『STEEL BALL RUN』において、ジャイロ・ツェペリが言っていましたね。「『納得』は全てに優先するぜッ!!」と。

キリンジ『それもきっとしあわせ』の一節

では「幸せ」よりも大事な価値観について検討してみましょう。

キリンジの『それもきっとしあわせ』はこんな出だしから始まります。

好きな人がいて愛されたのなら

それはきっと幸せ

着たい服を着て 言いたいこと言えば

それもきっと幸せ

こういった、いわゆる「幸せ」をいったん肯定しつつも、こう歌い上げます。

歌いたい歌がある

私には伝えたい想いがある

そのためになら そのためになら

不幸になってもかまわない

(日本コロムビア/キリンジ『KIRINJI「SONGBOOK」』収録-「それもきっとしあわせ」)

KIRINJI「SONGBOOK」

「好きなことをやっていれば幸せ」とは、多くは他人の言葉で評されるもの。

特に経済的・社会的に評価されていない人が「好きだから」続けている生活って、そうそう簡単に「幸せ」とは表現し辛いものです。

そりゃ、やってることに対しては幸せですが、すべての欲求が満たされるとは言えず、大変なことや不安なことも多いですから。

でも、続ける。

一般的な意味で「不幸」であり、満たされぬ欲求が多いことを認めてもなお、選択したい生き方がある。

それを見つけられた人間の「人生の意義」。

それこそが、欲求が満たされるかどうか、などという些末な「幸せ」を超越する生き方でしょう。

後編に続きます。

次回の記事で、表層的な「幸せ」を超える価値というものを、マンガ作品を例に取り上げながら見ていく予定。

それでは、また!

Amazon【MP3】キリンジ『For Beautiful Human Life』

楽天【CD】キリンジ『For Beautiful Human Life』

Amazon【CD】キリンジ『For Beautiful Human Life』

楽天【CD】キリンジ『KIRINJI「SONGBOOK」』(2CD)

Amazon【CD】キリンジ『KIRINJI「SONGBOOK」』(2CD)


For Beautiful Human Life

(「ハピネス」収録)


KIRINJI「SONGBOOK」

(「それもきっとしあわせ」収録)

『「人は幸せになるために生まれた」わけではない。』の他記事

「人は幸せになるために生まれた」わけではない。【前編】JKとキリンジとマンガに学ぶ幸福論←今ここ

「人は幸せになるために生まれた」わけではない。【後編】JKとキリンジとマンガに学ぶ幸福論