著者:吉原三等兵(@Twitter)
今回は『イムリ』の完結に寄せて、少し散文的になるかもしれませんが、三宅乱丈先生との想い出も交えて書いていきたいと思います。
私と三宅乱丈作品との出会いは、『週刊スピリッツ』誌上での『ペット』の第1話です。
「すごい作品がはじまってしまった」と戦慄したことを覚えています。
『ペット』に突然の幕切れが訪れた時には、この驚異的な作品の命を締め落としてしまう日本という国を呪いました。
しばらくの間をおいて私の目の前に現れた『イムリ』を6Pまで読んだところで、私は「またすごい作品がはじまってしまった」ということを確信しました。
それと同時に「この作品がちゃんと終わることができたのなら、とんでもないことになる」とも思いました。
あれから14年。
私は転職し、結婚し、子供も生まれました。
14年の間、本棚のもっとも手に取りやすい場所に置かれた『イムリ』は少しずつ、しかし確実にその巻数を増やしていきました。
※私は選りすぐった作品のみを揃えた「エース本棚」を作りますが、『イムリ』は当然のように14年間エース本棚に留まり続けています。
そして、今、ここに完結の日を迎え、やはり『イムリ』は「とんでもない」ことになりました。
三宅乱丈先生との思い出
ある日、「岩手応援マンガ家ボランティアツアー」の告知をSNSで見かけました。
冗談抜きでこの1点をもってSNSに触っていて良かったと思います。
三宅乱丈先生が、岩手に、来る。
数日後、私は鈍行・特急・新幹線を乗り継ぎ、盛岡駅に立っていました。
▶2017年「ふっこう*ふれあい祭り・しぇあハート村音楽祭」に参加したこと(三宅乱丈先生に会ったこと)/ヨシハライブラリ
たとえば、突然「これから初恋の人に会えるよ」と言われてもこんなには緊張しなかっただろうと思います。
フワフワとした気持ちを抱えながら、徒歩で会場までおもむきました。
会ったこともないのにすぐに三宅乱丈先生と分かったその人は、似顔絵書きのブースに。
(ここではひとりひとり名前を挙げることはしませんが、たくさんのマンガ家の先生方と編集の方が集っていらっしゃいました。)
チャリティーの色紙を購入し、まずはとばかりに三宅乱丈先生の列に並びます。
「次は私だ!」という順番まで来たとき、軽くホラーな出来事が起こりました。
似顔絵を描いてもらっている無表情な30代くらいの細身の男性。
彼の顔のホクロを三宅乱丈先生が描いていると、男は抑揚の無い無表情な声でこう言ったのです。
「私、そんなところにホクロはありません」
(瞬間、戸惑う三宅乱丈先生)
「いや、私、本当にそんなところにホクロはありませんから」
・・・
・・
・
いや、ある…よね?
「きみ………泉 新一くん………… ………だよね?」
くらいのテンションで
「きみ………そこにホクロ………… ………あるよね?」
と言うつもりだったんですが、怖くてそんな言葉を飲みこんでしまったビビリな私がそこにいました。
固まってしまって言葉が出てこないことって本当にあるんだな~とひとりで納得しつつ唾を飲み込みます。
三宅乱丈先生はホクロの件をなんとかごまかしつつ似顔絵を描き終え、私の順番になった時に独り言ちます。
「……今日はいつもと違う顔を着けてきたのかな?」
いや、もう、すごいな、と。
一瞬考えてしまったんですけど、おそらく昔のディズニー映画の『Return to Oz』(1985年)に出てくるモンビ王女的なものを想定してそう言ったんですよね。
さらっと一言で、このスピード感で、この世界観をぶつけてくる!
この! 空想の! 瞬発力!
すごいな!
と興奮したことを今も思い出します。こんな感じで『ユーレイ窓』とかの短編ホラーを思いついたりしちゃうんでしょうね、きっと。
他にも色んなことを話させてもらったんですが、とにかくポジティブエネルギーがすごい。
こういう方が、『イムリ』を作っているということにすごく説得力を感じました。
(『ぶっせん』や『大漁!まちこ船』などを描いた人でもあるわけですしね)
その次の年もその次の年も親子で参加させてもらい、常に時間いっぱいまで色んな先生方に似顔絵やイラストを描いていただけたことは本当に幸せな体験でした。
現地の岩手の受け入れスタッフの方々もいろんな企画を催してしてくれて嬉しかったですね。
※下記の画像は2017年時の「壁面アート」。通な人は誰が描いたかわかるハズ!
帰りの車で子どもたちが我先にと口々に出来事を話すんですよ。楽しく遊べたんだということが本当によくわかりました。
せめてこちらも復興・応援という企画の主旨に少しでも乗っかって岩手でお金を落とそうと思ったのですが、まぁ~岩手のご飯の美味しいこと。
ただただ岩手に旅行して子供遊ばせて美味しいもの食べて帰ったみたいな感じになってしまって、自分たちが楽しんだだけと言えばそれだけの体験になってしまいました。
恐縮・遺憾でありますが、このことをきっかけに個人的に良い出会いもあり、本当に感謝しかありません。
編集部、その他関係者の方々への感謝
まずもって三宅乱丈先生に感謝の言葉を発したいのはもちろんのことなのですが、編集部の方々へも感謝を申し上げます。
三宅乱丈先生と一緒になって、本当に大きなことをやり遂げられたと思います。
他業界の人間から見ても目に見えて悪化の一途をたどる出版業界。
即日の経済合理性を常に問われかねない状況の中で。
この『イムリ』という作品を世に出し、育み、最後まで持っていっていただいた。
これは尋常なことじゃない。
初期には複雑な世界観と読者との間の距離感を少しでも縮めるため、小さな紙に階級構造略図や用語解説を載せて単行本に封入されていたことを思い出します。
感じていましたよ。
「出版側も本気だ!」と。
実は後から知ったのですが、私は件の岩手県のイベントで当時の『イムリ』編集担当(そして『月刊コミックビーム』編集長)の方と言葉を交わしたことがあるんですよね。
本来であればその時にお礼を申し上げるべきだったのですが、当時はそうとは知らず直接顔を見て感謝を伝えるチャンスを失ってしまいました。
(マンガ家の先生たちに混ざってさえ超目立つオーラ出してる方がいるな…とは思っていたのですが、残念です。)
「私が好きなマンガはものすごい確率で打ち切られる」というジンクスがあり、何度も血の涙を流してきたのですが『イムリ』はそのジンクスを正面切って打ち破ってくれました。
私は業界関係者ではなく、一介のマンガ読みに過ぎないため、その功績の所在を仔細に述べることはできないのですが、それでも陰に日向に携われた関係者の方々に深く深く感謝したいと思います。
本当にありがとうございました。
コミックナタリーさんの特集記事に、三宅乱丈先生ご本人や奥村勝彦氏(元コミックビーム編集総長)、そして初代担当編集者の岩井好典氏がコメントが寄せられていますのでぜひこちらもお読みください。
参考 イムリ連載14年、ついに完結!今こそイッキ読みしたいSFファンタジー大作コミックナタリー『pet(ペット)』続編…『fish』
編集部の方々への感謝を述べるのであればこのことも触れないといけません。
『イムリ』最終26巻の巻末告知。
[pet]の鎖は解かれ、自由を求め泳ぐ[fish]へ。 [fish]三宅乱丈
2020年冬・月刊コミックビームにて始動!
三宅乱丈『イムリ』26巻 巻末告知/エンターブレイン
アニメ化や舞台化も後押ししたのかもしれませんが、まるで夢を見ているようです。
はっきり言って、ファンとして続きを読みたいという個人的な欲望を越え、十数年を経て作品が息を吹き返すこと、そのこと自体に感動を覚えます。
きっと多くの方々の想いが色んな形で繋がって、伝わってこその復活なのでしょう。
(『pet(ペット)』の復活は『イムリ』のラストシーンと重なるんですよ、私の中では。)
『月刊コミックビーム』の編集部の方々は三宅乱丈先生の頭の中をすべて現世に吐き出させるつもりのようで大変心強いです。
最後に
改めまして三宅乱丈先生をはじめ、携われたすべての方々に感謝の意を表します。
本当にありがとうございました。
珠玉中の珠玉の作品が完全(三宅乱丈先生にしかわかりませんが、おそらく)な形で世に出されたことは本当に素晴らしいことと思います。
またすぐに次作の準備に入られているようですが、皆様、どうぞお身体に気を付けて。
時に身体と相談しつつ、必要な休息はとりつつこれからも頑張って欲しいと願います。
本当にありがとうございました。
あわせて読みたい
本文中でもご紹介しましたが、今、この記事を読んでいるような人でまだ『ペット』を読んでない方には強烈におすすめします。
三宅乱丈『ペット』
2020年8月時点で続編の『fish』の連載も決まっていますので、今読まない法がない。
この物語には、「相手の記憶を操作することで他人を意のままに操る能力者」が出てきます。
「促拍」や「命令」などの『イムリ』に出てくる侵犯術の設定と少し似てますね。
両作品は「本人の意志を無視して、他人を意のままに操る」ことへの強烈な嫌悪感、アンチテーゼがあるという面で根底が通じているのではないでしょうか。
私のサイトにも『ペット』の記事はいくつかあるのですが、思いっきりネタバレしてるのでリンクは貼りません(笑)
本編読む前には読まないでくださいね。
あと、こちらの黄色い表紙の方が、最初に発行された通常バージョンの『ペット』なのですが、なかなかどうしてこちらも好きです。
初見の方にはまず加筆修正前のこちらを薦めたいですね。