『神戸在住』あなたの芸の奥深さを私は何に例えよう④~それはまさしく職人のような~

木村紺先生はマンガ職人

著者:吉原さん(@yoshihara_san

さて。

『神戸在住』における「日和さんの死」を一例として、木村紺先生の「表現力の細かさ」をご紹介する本シリーズ。

初回は言葉そのものの修飾を。2回目は構図やコマ使いを。3回目はその文芸的な表現力を中心にご紹介してきましたが、このシリーズは今回で最後です。お付き合いいただいており、誠にありがとうございます。

4回目となる今回は、改めて言葉の表現力やマンガの演出などを全般的にお話して終わりたいと思います。

それでは、よろしくお願いします!

緩急つけた「表現の程度」

記憶を漂白したせいかもしれない」などに表されるように、もともとこの作品の「言葉の描写」の力はマンガとしては群を抜いています。

あの頃の思い出はどれも 不自然な程 白い

もしかしてそれは 正視を拒む私の心が 記憶を漂白したせいかもしれない

『神戸在住』高校時代の記憶
(講談社/木村紺『神戸在住』7巻 「挿話・日和さんとの出会い」)

このように、その気になればいくらでも比喩表現からなにから使いこなすことが可能なはずですが、あえて外すこともあります。

以下がそれ。

日和さんが亡くなってから、1日か2日か経った時のこと。

目が覚めると 泣いている こんなのは嫌だなあと思う

『神戸在住』目が覚めると泣いている
(講談社/木村紺『神戸在住』7巻 第63話「熱を出して、そして。」)

「こんなのは嫌だなあと思う」

なんの捻りもありません。小学生の感想文のようです。

だが、それがいい。

なんの捻りもないことが、時に作品全体を引き締めることもあります。

一辺倒な文芸的表現にこだわれば、「過剰な客観性」を生むことになり、この時点の桂の言葉としては不適切。

要は、ここで達者な表現をすれば、俯瞰的な視点を持った「ある種の余裕」が感じられてしまうからです。

そうじゃないだろ、と。

この場面ではあえて平易に表現することで、彼女が今、本当に「嫌だなあ」と思っていることがダイレクトに伝わってくるのです。

技を知りつつ、技に溺れぬ。それが木村紺。

徹頭徹尾、人物描写に対して誠実に取り組む姿勢が感じられます。

繰り返し「連ねる言葉」

さて。

日常の生活の中に戻っていった桂の様子に目を向けて見ましょう。

以下のコマです。

私は笑っている 私は笑っている 私は笑っている

『神戸在住』作り笑いの桂
(講談社/木村紺『神戸在住』7巻 第64話「私が泣いた日。」)

桂が作り笑いで日常をやり過ごそうとする場面です。

「あはは そだねー」と言いつつ目が一切笑っていない、しかもそれを持ってして「私は 笑っている」と強弁できるあたりに桂のぶっ壊れ具合がでています。

このように言葉を繰り返し連ねることで、無理やり押し込めようというのでしょう。

さて、どうでしょう。

この「同一語句の繰り返し×3」。文芸的な表現としては独創的とまでは言えない手法かもしれませんが、マンガで実際の「絵面」を挟みながらやることで伝わってくるものがあります。

言葉は一定なのに、時間経過はそこそこあるっていうのがまたイイ。彼女は、日常のあらゆる場面で「笑っている」のが伝わります。

同じようなことは映像でもできそうなものではありますが、やはり一目の中にすべてが入ってくる「マンガ」の方が“力み”がなくて良いと思います。映像の合間合間に「黒塗りの画面と独白」を挟んでも、やっぱりちょっとくどいでしょ? 音声だけでやってもうるさいし。

吹き出し

昔はよくこんな吹き出しを使って内面を表現したりしたものですが、そういった手法から比べれば隔世の感があり、非常に洗練されていると言えます。

一連のオチはこれです。

私はこんなに笑っているのに 心にはいつも 冴えざえとした 冷たい空洞を抱えている

『神戸在住』他人との距離
(講談社/木村紺『神戸在住』7巻 第64話「私が泣いた日。」)


「私は笑っている」×3からのつながりも良いテンポを保っていますし、なにより空白の使い方が上手い。

上のコマで、本当に笑っている友人との「物理的な距離」と「精神的な距離」を演出した上で、下のコマではついに「見せかけの笑顔」が剝がれている。

これは、物理的な距離が保たれたせいで、ついつい本当の表情が出てしまっている場面です。

左側の空白がいろんな距離感を表していてグッときます。そう多くはないんですよ、こんなに空白の使い方が上手い人って。

まぁ、正直こんな時は誰かとからまず一人でいた方が良いんじゃないでしょうか。無理して笑うこたぁないでしょう。

端的に表される「食事の感想」

このシーンも地味に素晴らしいのでご紹介。

機械的に食べ物を口へ運ぶ まずくはない おいしくもない 何もかもがただ 味気ない

『神戸在住』味気ない食事
(講談社/木村紺『神戸在住』7巻 第64話「私が泣いた日。」)

親しい人を亡くした方は、まずこの感覚に共感できるのではないでしょうか。

「まずくはない おいしくもない 何もかもがただ 味気ない」

過不足なく、完璧にそのことを言い表した言葉と言っていいと思います。

眉間にしわを寄せ無理やり飲み込む様が痛ましいですが、日常は続くのです。

「喪」の終わり

詳しい説明は省きますが、彼女の凍てついた心にも雪解けの日は来ました。

決して忘れることができたわけでも、傷が癒えたわけでもないのでしょうが「受け入れることができた」ということが氷解のきっかけだったように思います。

長く心を凍てつかせていた冷たい塊が 解けて涙と流れ出す。

重い束縛からようやく解き放たれて 私は久しい安堵感に、全身をゆだねていた。

『神戸在住』氷解の時
(講談社/木村紺『神戸在住』7巻 第64話「私が泣いた日。」)

ここでやっと手書き文字が戻ってきます。

黒く塗りつぶされた余白を使っての独白も終わり、喪に服す時間が終わりを告げたことが示されました。

これにて、「日和さんの死」を通して表現された、『神戸在住』の一連のマンガ表現の解説を終わります。

まとめ

「いや~ 〇〇って本当にいいものですね」と言いたくなるのがわかるような。そんなマンガです。

とにかくこの作家は芸達者で、「音」や「方言」なんかに対するこだわりなんかもすごいんですが、なかなかいっぺんには紹介しきれませんね。

こだわりが偏執的とも言えるほどで、「職人」の言葉が頭をよぎります。

技術だけでなく、強いテーマにも取りくめる作家で、それは『からん』において花ひら………いえ、この話はまた今度にしましょう…。

それでは、また!

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