『ヒストリエ』恋愛の駆け引き描写の妙味②-文字サイズと人物配置の巧みさ、さらりと語られる言葉に込められた尊厳

すごいポイント2.遠近

著者:吉原さん(@yoshihara_san

前回に引き続き、たった10数ページの別れのシーンですが、なかなかマンガ語りが止まりません。

岩明均先生の作品は本当に細かいもんだから、いくらでもこんな話ができる。ゆえに本来こんなことやってたらキリがないんですよね。

が、今回は徹底的にやります。いいじゃないですか、そんな日があっても。

一度は岩明均先生の描写の巧みさを語りつくしたかったんですよ。長くはなりますが、どうぞお付き合いください。

それでは、よろしくお願いします!

進撃のエウメネス

さて。

相手の出方を探るジャブの段階は終わりました。

エウメネスはここまでの様子から、通り一遍の言葉じゃ変えられないと判断し、次はハートにひっかけるためのフックを打ちます。

エウメネス「ぶち壊しちゃおうかな この話」

エウリュディケ「!」

『ヒストリエ』エウリュディケにゆさぶりをかけるエウメネス
(講談社/岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」)

このコマはすごいですよ。特にじっくりと見ていきたいと思います。

顔を見なくとも”本気”とわかる

まず、注目したいのはエウリュディケの目線が不自然なほど”下方”にあるところ。

相対して二人で話し合っててこんな目線ありますか? エウメネスの下腹部になにかあるとでも言うのでしょうか。

まぁ、わざと、、でしょうね。

この前までのコマもすべて微妙に視線がズレているなどして、まともにエウメネスを見ていません。

ここまで視線が下にいってればエウメネスの表情を読み取るのは困難です。

にも関わらず、「!」と大きめの文字サイズで反応している。

これは、エウメネスが本気で言っていることを一瞬で理解したと受け取ります。最低限、“冗談には聞こえなかった”、と解釈するべきでしょう。

表情が見えていないにもかかわらずそれがわかったのは「声色」からか。恋人たちの「阿吽の呼吸」か。

いずれにせよ、顔を見ることなく”本気”の空気を察知したわけです。

“描かれない表情”の効果

このコマではエウメネスの表情が描かれていないことがポイントです。

読者もエウリュディケと同様にエウメネスの顔が見えないため、その表情からは本意を読み解くことができません。

となれば。

後はエウリュディケのリアクションと、エウメネスのセリフの様相から判断する他なく、このセリフが本気かどうかの判断材料が少ない状態でページをめくることができるのです(次のコマはめくったページの先)。

空気が一変したことだけは感じながら、ね。

つまり、エウリュディケと同様の内面的体験ができるように読むことが可能ということ。うーん。素晴らしい。

エウメネスのセリフの様相

さらに、もう一点。

ページ全体を通してみると、「ぶち壊しちゃおうかな この話」というエウメネスのセリフの文字サイズは他より一回り大きいんです。

単純に「大きな声」で言っていると解釈するか、「含まれたものがある」と解釈するか。

ポイントは、このコマでは「エウリュディケが遠く、エウメネスは近く」で描かれていること。

近くにいるエウメネスの声は大きく聞こえて(見えて)当然。よって、そこまで「浮かない」んですよ。強調されているのに、強調されない。

さらっとページ全体を見た時に、文字自体はちゃんと大きく見える。

にも関わらず、エウメネスが近いのでその強調具合はいくばくか相殺される。そういう風に視認されます。

例えば、あらためて別のコマと並べてみますので、比較してみてください。

エウメネス「ぶち壊しちゃおうかな この話」

エウリュディケ「!」

『ヒストリエ』エウリュディケにゆさぶりをかけるエウメネス
(講談社/岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」)

フィロータス「見つけたぞ!! エウメネス書記官!!」

『ヒストリエ』フィロータスにからまれるエウメネス
(講談社/岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・3」)

上記のフィロータスのセリフのように、遠方に配置されている人物の「大きなサイズの文字」は、それだけ遠くからでも「大きく見える」、つまり単純に「大声だ」と解釈するのが適当なんです。

というより他の解釈の余地を奪うんですね。これだけあからさまだと。

対して「ぶち壊しちゃおうかな この話」は明らかに大きなサイズの文字なんですが、人物配置の効果で、全体の中に調和してきます。

『ヒストリエ』エウメネスとエウリュディケの1ページ全体
(講談社/岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」)

これにより、単純に「大きな声」というだけではなく、他の含みをも感じ取る解釈の余地を与えることが出来ます。

ま、少なくとも大きなサイズの文字を使って注意を惹きつつ、それを目立たせ過ぎない効果はでますよね。人物の遠近配置ひとつでこれが可能になります。

解釈自体は人それぞれかとは思いますが、「場」とか「間(ま)」の表し方に品があることは衆目一致と言っていいでしょう。

強調されるべきセリフとは、ただわかりやすく大きな声と感情をあらわにした表情で強調すればいいわけではないってことです。

「振られ男」の”脅しと揺さぶり”

エウメネスは印象的な言葉で相手の注意を惹いたあとは、脅しと揺さぶりをかけてきます(まるでヤクザ)。

エウメネス「おれにできないと思う?」

エウリュディケ「はは…… 本当にやりそうでコワイ」

『ヒストリエ』揺さぶりをかけるエウメネス
(講談社/岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」)

冗談に聞こえない言い方で、花嫁強奪ともとれる宣言をかけるエウメネス。

なるべく冗談に受け取ろうと、笑顔&「コワイ」というカタカナ表記(芸が細かい)の茶化した表現でかわすエウリュディケ。

往生際がいいとは言えませんが、その辺の男と違うのは、“本気”で言っているってことですね。

「己が看板」で生きるということ

かわしにかかるエウリュディケを意に介すことなく、エウメネスはさらに詰めてきます。

エウメネス「本当にやるさ ただの書記官じゃないんだ」

『ヒストリエ』花嫁強奪宣言をするエウメネス
(講談社/岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」)


「ただの書記官じゃないんだ」

さらっと言った一言ですが、ここもしつこく絡むことにします。

「ただの書記官」でなければ、なんなのか?

「有能な書記官」ですか? 「王国のNo.2候補の書記官」ですか?

いずれも、違います。「有能な書記官」も「王国のNo.2候補の書記官」も君主の妃にちょっかい出したりしません。ここは能力や階級に起因する話はしていないということがポイントです。

では、「ただの書記官」ではない彼はなんなのか?

それはエウメネスが「エウメネス」であるということ。

「自分とはなにか?」の問いに「自分である」と答えることができる「己が看板」の人間ということです。

では。

「己が看板」ではない人はなんと答えるか?

『ジョジョの奇妙な冒険』第3部に出てきたエジプトの政治家は、

「ウィルソン・フィリップス上院議員だぞーーーーーーーッ」と答えました。※その後、ひどい目にあいました。

一部上場企業に入社した知り合いは、携帯メールの一番下に会社名を入れるようになりました。※その後、うつになりました。

彼らは自分以外の皮をかぶり、自分以外の看板で生きていました。

私はそのことが人格に与える影響は、甚だ大きいと考えています。それは、自分が自分自身に着せた”レッテル”に沿った判断基準に縛られるからです。

自分が”上院議員”だと思えば、何をしても許されると思ったのでしょう。

自分が”上場企業の社員”だと思えば、優秀だとでも思ったのでしょう。

こういった例は枚挙にいとまがなく、多くの人はレッテルを身に着けて生き、時にそれは不幸をもたらします。理由は明白、本来の自分から離れていくから。

エウメネスは違います。

生き方のルールが「自分」にある人たちは、「役職」だとか「肩書き」だとか「所属」だとかを自分と勘違いしている人たちとは尺度が異なるんです。

「己」とは「己」。

これは、エウメネスの持って生まれた素養も大いに影響があると思いますが、彼の生い立ちも影響しています。

「街の有力者の息子」→「蛮人の奴隷」→「自立した村民」→「強国の書記官」。

波乱万丈の人生を送ってきたエウメネスにとって、なにかにどっぷりと所属して自分にレッテルを貼ってるヒマなどありませんでした。

そんな彼の自己認識が”地中海世界最強国家のエリート公務員”という身分や肩書なんかに侵されるはずなどなかったのです。

流転する運命の中を、ただ一人、「エウメネス」として生きてきたのですから。

そういう生き方をしている人間が「本当にやるさ」と言うということは、本当にやるんですよ。

平然と言ってますが、自身を拾った雇い主で、地中海世界の覇者・マケドニアのフィリッポスにたいして公然と弓をひく行為であり、大変なことです。仕事がなくなるどころか命も危うい。でも、「やる」といった。

エウリュディケの受け止め

では、それを受けてのエウリュディケの様子を見てみましょう。

『ヒストリエ』まんざらでもないエウリュディケ
(講談社/岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」)

「やっぱり、ちゃんと言わなきゃダメか…。」ってところでしょうか。味わい深い表情です。

まずは、嬉しかった、んだと思います。そうまでして自分を愛してくれたことが。必要だと思ってくれたことが。

ことここにいたって、エウリュディケはエウメネスに向き合うことにしました。観念し、本音をさらします。

これはエウメネスが踏み込んできたからであり、当初は表面的な対応で追い返す予定だったはず。

ここからが、別れ話の真骨頂ですね。お互いの価値観がぶつかり合うことになります。別れ話とは、かくあるべき。

続きます。

それでは、また!

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