『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ②

マンガ書評

著者:吉原三等兵(@Twitter

前回に引き続き、たった10数ページの別れのシーンですが、なかなかマンガ語りが止まりません。

岩明均先生の作品は本当に細かいもんだから、いくらでもこんな話ができる。ゆえに本来こんなことやってたらキリがないんですよね。

が、今回は徹底的にやります。

いいじゃないですか、そんな日があっても。

一度は岩明均先生の描写の巧みさを語りつくしたかったんですよ。長くはなりますが、どうぞお付き合いください。

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ①

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ②←今ここ

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ③

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ④

それでは、よろしくお願いします!

進撃のエウメネス

さて。

相手の出方を探るジャブの段階は終わりました。

エウメネスはここまでの様子から、通り一遍の言葉じゃ変えられないと判断し、次はハートにひっかけるためのフックを打ちます。

(エウメネス)

ぶち壊しちゃおうかな この話

(エウリュディケ)

『ヒストリエ』エウリュディケにゆさぶりをかけるエウメネス
(岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」/講談社)

このコマはすごいですよ。

たった一コマですが、本当にすごい。

岩明均先生のすごさってこういうところだと思うんですよ。

論点を4つに分けて特にじっくり語りたいと思います。

細かすぎて伝わらなかったらすみません。

(1)ディフェンスのエウリュディケ

まず。

注目したいのはエウリュディケの目線が"下方"にあるところ。

エウメネスの下腹部になにかあるのでしょうか。違いますね。

あえて。

わざと。

エウリュディケはエウメネスから目線を外しているし、正確に言えばずっと外し続けているんです。

この前までのコマもすべて微妙に視線がズレているなどして、まともにエウメネスを見ていません。

それは一方的に別れをつげた女側の後ろめたさと解釈するとして、注目したいのはこのシーンにおいてすら、目線を合わせないということ。

エウリュディケは「!」と大きく反応しているにも関わらず、視線は奪われない。

いくら目線を合わせないように振舞っていても、この場合は相手(の目)を見てしまうものではないですか?

不自然、と言い切ってよいでしょう。

なぜ彼女はこのような挙動をとるのでしょうか?

それは、相手の言うことにいちいち感度よく反応して、相手を調子づかせないため。

取り乱したような振る舞いを見せたくないため。

つまるところ、会話の主導権を握られないようにするため。

と、解釈するべきでしょう。

エウリュディケ側から見れば、ここはディフェンス・シーン。

「ぶち壊しちゃおうかな」という言葉とともにオフェンスを仕掛けてきているエウメネスに対して、安易に視線を向けないよう(揺さぶりに対する反応を隠すよう)、自分を律している。

そういうシーンなのです。

やるなぁ、エウリュディケ。

(2)顔を見なくとも"本気"とわかる

さらに。

ここまで視線が下にいってれば、この暗がりでエウメネスの表情を読み取るのは困難でしょう。

にも関わらず、「!」と大きめの文字サイズで反応している。

これは、エウメネスが本気で言っていることを一瞬で理解したと受け取ります。

最低限、"冗談には聞こえなかった"、と解釈するべきでしょう。

表情が見えていないにもかかわらずそれがわかったのは「声色」からか。

それとも、恋人たちの「阿吽の呼吸」か。

いずれにせよ、顔を見ることなく"本気の空気"を察知したわけです。

「勘の良さ」と考えるべきか「頭の回転の早さ」と考えるべきか「その両方」と考えるべきか。

いずれにしてもエウリュディケの有能さ(というか少なくとも「バカではない」ということ)を示すわけです。

やっぱり、やるなぁ、エウリュディケ。

(3)"描かれない表情"の効果

このコマではエウメネスの表情が描かれていないことがポイントです。

読者もエウリュディケと同様にエウメネスの顔が見えないため、その表情からは本意を読み解くことができません。

となれば。

後はエウリュディケのリアクションと、エウメネスのセリフの様相から判断する他なく、このセリフが本気かどうかの判断材料が少ない状態でページをめくることができるのです(次のコマはめくったページの先)。

空気が一変したことだけは感じながら、ね。

つまり、エウリュディケと同様の内面的体験ができるように読むことが可能ということ。

うーん。素晴らしい。

(4)セリフのサイズ効果

さらに、もう一点。

ページ全体を通してみると、「ぶち壊しちゃおうかな この話」というエウメネスのセリフの文字サイズは他より一回り大きいんです。

単純に「大きな声」で言っていると解釈するか、「含まれたものがある」と解釈するか。

ポイントは、このコマでは「エウリュディケが遠く、エウメネスは近く」で描かれていること。

近くにいるエウメネスの声は大きく聞こえて(見えて)当然。

よって、そこまで「浮かない」んですよ。

強調されているけれども強調され過ぎない。

さらっとページ全体を見た時に、文字自体はちゃんと大きく見える。

にも関わらず、エウメネスが近いのでその強調具合はいくばくか相殺される。

そういう風に視認されます。

例えば、あらためて別のコマと並べてみますので、比較してみてください。

※関係ないけど、エウメネスの服の柄が違う。…細かい。

(エウメネス)

ぶち壊しちゃおうかな この話

(エウリュディケ)

『ヒストリエ』エウリュディケにゆさぶりをかけるエウメネス
(岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」/講談社)

(フィロータス)

見つけたぞ!! エウメネス書記官!!

『ヒストリエ』フィロータスにからまれるエウメネス
(岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・3」/講談社)

上記のフィロータスのセリフのように、遠方に配置されている人物の「大きなサイズの文字」は、それだけ遠くからでも「大きく見える」、つまり単純に「大声だ」と解釈するのが適当なんです。

というより他の解釈の余地を奪うんですね。

対して「ぶち壊しちゃおうかな この話」というセリフは、明らかに大きなサイズの文字なんですが、人物配置の効果で、全体の中に調和してきます。

(最後のコマにご注目ください。)

『ヒストリエ』エウメネスとエウリュディケの1ページ全体
(岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」/講談社)

これにより、単純に「大きな声」というだけではなく、「他の含み」をも感じ取る解釈の余地を与えることが出来ます。

(つまり、そこに「恋人同士だけがわかる何か」が含まれてくる)

想像してみて欲しいのですが、このコマ、エウメネスとエウリュディケの立ち位置が逆だったら、どうでしょう。

おそらくほとんどの人が「エウメネスは大声を出している」としか読み取れなくなるはずです。

人物の遠近配置ひとつでこれが可能になります。

解釈自体は人それぞれかとは思いますが、「場」とか「間(ま)」の表し方に品があることは衆目一致と言っていいでしょう。

強調されるべきセリフとは、ただわかりやすく大きな声と感情をあらわにした表情で強調すればいいわけではないってことです。

(と、大きい文字サイズで言ってみました。)

「振られ男」の"脅しと揺さぶり"

エウメネスは印象的な言葉で相手の注意を惹いたあとは、脅しと揺さぶりをかけてきます(まるでヤクザ)。

(エウメネス)

おれにできないと思う?

(エウリュディケ)

はは…… 本当にやりそうでコワイ

『ヒストリエ』揺さぶりをかけるエウメネス
(岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」/講談社)

冗談に聞こえない言い方で、花嫁強奪ともとれる宣言をかけるエウメネス。

なるべく冗談に受け取ろうと、笑顔&「コワイ」というカタカナ表記(芸が細かい)の茶化した表現でかわすエウリュディケ。

往生際がいいとは言えませんが、その辺の男と違うのは、"本気"で言っているってことですね。

「己が看板」で生きるということ

かわしにかかるエウリュディケを意に介すことなく、エウメネスはさらに詰めてきます。

(エウメネス)

本当にやるさ ただの書記官じゃないんだ

『ヒストリエ』花嫁強奪宣言をするエウメネス
(岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」/講談社)

さらっと言った一言ですが、ここもしつこく絡むことにします。

「ただの書記官」でなければ、なんなのか?

「有能な書記官」ですか? 「王国のNo.2候補の書記官」ですか?

いずれも、違います。

「有能な書記官」も「王国のNo.2候補の書記官」も君主の妃にちょっかい出したりしません。

ここは能力や階級に起因する話はしていないということがポイントです。

では、「ただの書記官」ではない彼はなんなのか?

それはエウメネスが「エウメネス」であるということ。

「自分とはなにか?」の問いに「自分である」と答えることができる「己が看板」の人間ということです。

では。

「己が看板」ではない人はなんと答えるか?

『ジョジョの奇妙な冒険』第3部に出てきたエジプトの政治家は、

「ウィルソン・フィリップス上院議員だぞーーーーーーーッ」と答えました。※その後、ひどい目にあいました。

一部上場企業に入社した知り合いは、携帯メールの一番下に会社名を入れるようになりました。※その後、うつになりました。

彼らは自分以外の皮をかぶり、自分以外の看板で生きていました。

私はそのことが人格に与える影響は、甚だ大きいと考えています。それは、自分が自分自身に着せた"レッテル"に沿った判断基準に縛られるからです。

自分が"上院議員"だと思えば、何をしても許されると思ったのでしょう。

自分が"上場企業の社員"だと思えば、優秀だとでも思ったのでしょう。

こういった例は枚挙にいとまがなく、多くの人はレッテルを身に着けて生き、時にそれは不幸をもたらします。理由は明白、本来の自分から離れていくから。

エウメネスは違います。

生き方のルールが「自分」にある人たちは、「役職」だとか「肩書き」だとか「所属」だとかを自分と勘違いしている人たちとは尺度が異なるんです。

「己」とは「己」。

これは、エウメネスの持って生まれた素養も大いに影響があると思いますが、彼の生い立ちも影響しています。

「街の有力者の息子」→「蛮人の奴隷」→「自立した村民」→「強国の書記官」。

波乱万丈の人生を送ってきたエウメネスにとって、なにかにどっぷりと所属して自分にレッテルを貼ってるヒマなどありませんでした。

そんな彼の自己認識が"地中海世界最強国家のエリート公務員"という身分や肩書なんかに侵されるはずなどなかったのです。

流転する運命の中を、ただ一人、「エウメネス」として生きてきたのですから。

そういう生き方をしている人間が「本当にやるさ」と言うということは、本当にやるんですよ。

平然と言ってますが、自身を拾った雇い主で、地中海世界の覇者・マケドニアのフィリッポスにたいして公然と弓をひく行為であり、大変なことです。

仕事がなくなるどころか命も危うい。でも、「やる」といった。

エウリュディケの受け止め

では、それを受けてのエウリュディケの様子を見てみましょう。

『ヒストリエ』まんざらでもないエウリュディケ
(岩明均『ヒストリエ』10巻 第86話「王の左腕・2」/講談社)

「やっぱり、ちゃんと言わなきゃダメか…。」ってところでしょうか。

味わい深い表情です。

まずは、嬉しかった、んだと思います。

そうまでして自分を愛してくれたことが。

必要だと思ってくれたことが。

ことここにいたって、エウリュディケはエウメネスに向き合うことにしました。観念し、本音をさらします。

これはエウメネスが踏み込んできたからであり、当初は表面的な対応で追い返す予定だったはず。

ここからが、別れ話の真骨頂ですね。

真向からお互いの価値観がぶつかり合うことになります。

続きます。

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ③

それでは、また!

『ヒストリエ』の他記事

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ①

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ②←今ここ

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ③

『ヒストリエ』細かすぎて伝わらないマンガ解説シリーズ・エウリュディケとの別れ④

あわせて読みたい

岩明均先生の著作の中から1作品。アレクサンドロス大王に関する書籍から1作品ご紹介いたします。

岩明均『ヘウレーカ』

「ヘウレーカ」。「分かった」の意。

「エウレカ」とも表記されますが、数学者・アルキメデスが「アルキメデスの原理」を発見したときに叫んだ言葉とも言われています。

『ヒストリエ』の時代から100年ほど経ったシチリア島が舞台。

アレクサンドロス大王を強烈に評価していたという、史上名高き名将・ハンニバルも冒頭に登場する第二次ポエニ戦争下でのシラクサ攻防戦を描きます。

1冊完結で、毛色的に『ヒストリエ』が気に入った方であればまず失敗のない買い物になるのではないでしょうか。

一陣の歴史の風が吹き抜けた後の、虚しさを含んだ読後感。

良作です。

ヒュー・ボーデン『アレクサンドロス大王 (刀水歴史全書) 』

ヒュー・ボーデン (著), 佐藤 昇 (翻訳)

もし『ヒストリエ』の世界にはまったのであれば、一冊くらいは活字で「アレクサンドロス大王」に関する書籍まで手を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

2019年7月刊行の書籍であり、最新のアレクサンドロス研究を踏まえ、これまでの「アレクサンドロス像」に異を唱える意欲作。

アレクサンドロス大王の有能な施政者としての側面を浮き上がらせます。