『HUNTER×HUNTER』能力バトルもので感じていた”違和感”を冨樫先生が払拭した件

"少年マンガ"の枠を超え続ける

著者:吉原さん(@yoshihara_san

いやー。2017年、6月。『HUNTER×HUNTER』が何度目かの連載再開をはたしましたが、相も変わらず面白いですね。

今回は、いわゆる「能力バトルもの」で私が感じていた”違和感”を冨樫先生が完全に払拭してくれていたので、メモ代わりにここに残しておきたいと思います。

それでは、よろしくお願いします!

能力バトルにおける”能力ルール”の線引き

さて。

まずは私が感じていた違和感についてご説明いたします。

その違和感とは“能力ルールの線引き”・・・と一言に言ってもよくわからないですよね。

さて、なんと言ったものか。

『ジョジョの奇妙な冒険』による例

『ジョジョの奇妙な冒険』を例に出してみましょう。

※すみません、私も2部の終わりからのジョジョファンです。大好きではあるのですが、この場ではあえて大家である『ジョジョの奇妙な冒険』からひとつ例を挙げたいと思います。

スタンドが初めて出てきた「第3部」においては単純に殴りまくる「スタープラチナ」や炎を操る「マジシャンズレッド」など比較的シンプルな能力が多かった。

しかし、時は流れ。

どんどん話が進んでいくごとに能力は複雑化し、どことなく違和感を感じることも…(恥ずかしながら!いまだに『キングクリムゾン』を完全理解できていないことをここに白状します)。

具体的な話をしましょう。

第5部に出てくる、スタンド名「クラフト・ワーク」(本体サーレー)。

南イタリアのカプリ島で襲ってきました。

触れた物体をその場に固定するという能力で、空中に物体を固定して足場にしたりすることもできます。本編では弾丸を空中に固定していました。

ここまではいいんです。

ここまではいいんですが、気になるのは、彼、走行中のトラックに乗りながら戦闘してるんですよね……。

上り坂のくねくね車道をぐわんぐわん走りながらですよ。

余談ですが、実際に現地に行って撮ってきた写真はこちら。

サーレー(クラフト・ワーク)に襲われた場所(カプリ島)

本編ではかっとばしがちでしたが、風光明媚な良いところです。

さて。

くねくね車道を走行しながらも弾丸が常に本体・サーレーの近くに固定されている、ということは「クラフト・ワーク」の能力とは「その場に固定する能力」ではなく、正確には「本体を中心とした空間に固定する能力」、ということですね。

でなければ、固定された弾丸はその場その場に置いてけぼりになるでしょうから。

そうすると、サーレーが歩くと固定された弾丸は歩いた分だけ前に動くのか?

しかし車上でバトっているときはそんな描写はなかったように思います。

???

果たして、この「空間に固定する能力」とは絶対指定なのか、相対指定なのか、使い分けが可能なのか、どこかに基点の設定が可能でそこを中心として指定されるのか、考え出すとよくわからなくなってくる。

本筋には関わらないまでも…

能力バトルものでは、たまにこういうことが気になってくるんです。能力のルールがどのようなものか、いまいち判然としない。

いや、なかなか難しいことだとは思いますけどね。

そんなことより展開やシチュエーションを優先するって判断も時にはあるんでしょうし、「そういうもの」と思えば「そういうもの」です。

ただ、”違和感”が多少残ることがあるって話。物語の本質には関係がなかったとしても。

能力の細かいルールへの理屈付け

さて、ここからが本題。

さっそくご紹介しましょう。『HUNTER×HUNTER』の34巻における以下のコマ。

クロロ「オレから見ると死体も人形も同じ 動かないただの塊なのだが ”人間の証明(オーダースタンプ)”の持ち主だった者にとっては違うらしい 死体は動かせず コピー(人形)は動かせる」

『HUNTER×HUNTER』解説中のクロロ
(集英社/冨樫義博『HUNTER×HUNTER』34巻 No.352「厄介」)

いいですか、このことに言及があること自体が特異なことです。

普通は「人形を動かせる能力」という設定に作者自身が縛られて、「人形を動かせる能力」という捉え方しかしない。

しかし、冨樫先生は「死体は人形と同義か?」「コピーした死体は人形と同義か?」、そして「『死体は動かせないが、コピーした死体は動かせる』とはどういうことなのか?」に思いを馳せながら作品制作していることがよくわかります。

とりもなおさず、それは人間の価値観への言及。人の心の有り様への探求から出てくる発想。

こういったフィクションの世界、特に現実世界とは異なる設定・世界観のフィクションの世界は、それが作り物であるからこそ高濃度の想像力による細部へのこだわりが必要で、それこそがウソの世界に命を吹き込みます。

クロロの「オレから見ると死体も人形も同じ 動かないただの塊なのだが ”人間の証明(オーダースタンプ)”の持ち主だった者にとっては違うらしい」というセリフは、素晴らしいですね。
この一言は能力の解説なのですが、人間性の解説でもあるのです。

我々のような作品外の世界の人間にも、”人間の証明(オーダースタンプ)”の持ち主の人間的感覚の肌触りが伝わってくると思いませんか?

“人間の証明(オーダースタンプ)”の持ち主の精神性

この能力の持ち主はクロロや『寄生獣』の新一くんのような「死んだ者は肉の塊」という非人間的な感性ではありません。遺体とは、かつて人間であったものであり、無味乾燥な物体ではない。

そんな感性を持つ者にとって、遺体を改めて人間として証明したとしても、動かすことはかなわないということでしょう。

そこには「遺体とは証明するまでもなく人間である」という価値観が浮かび上がってきます。

つまるところ、”遺体は遺体”であり、”人形は人形”。

しかし。

この能力者は「人間の証明」という烙印を与えた人形は操作することが可能であり、それは「超絶リアルな死体の肉人形」であったとしても同様。そこにこの能力の持ち主の屈折した人間性が垣間見えませんか?

そうなのです。

この能力の特性には、持ち主の人間的な感性と屈折した感性の両方を読み取ることが可能なのです。

そしてまた、能力のルールに対してこのように生々しい理屈づけを行うことで、世界観は説得力を持ち、息づきを感じることができるようになるわけです。

これこそが“想像”ではなく”創造”

クロロ「前の能力者の心の闇に想いを馳せながら能力を自分のものにしていく ”盗賊の極意(スキルハンター)”の醍醐味だよ」

『HUNTER×HUNTER』解説中のクロロ2
(集英社/冨樫義博『HUNTER×HUNTER』34巻 No.352「厄介」)

上記の表現でトドメですね。

クロロ自身が、なぜ”盗賊の極意(スキルハンター)”という能力を身に着けたのか、その人間的性質までもが表されています。

まとめ

と、いうことで私は能力バトルものではその能力のルールについて「なんでなの?」「こういう場合はどうなの?」と疑問や違和感を持つことが多かったのですが、冨樫先生は人間性を絡めた説明を加えることでさらに世界観を深めて表現しきった、と。

そういう話でした。

マンガって本当に素晴らしいですね。

それでは、また!

読んでみるなら!

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