『ペット』”記憶”は”記録”ではないー「美化された記憶」の可視化

美化された"記憶"の表現

著者:吉原さん(@yoshihara_san

三宅乱丈『ペット』。

他者の記憶に侵犯し、それを操作することのできる特殊能力を持った「ペット」と呼ばれる少年達。

巨大犯罪組織の中で「潰し屋」として生きる彼らの愛憎を、精密な構成と圧倒的独創力で描き出し大きな話題を呼んだ、サイキック・サスペンスの白眉(略)

(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』2巻帯裏/エンターブレイン)より引用

初っ端からなんですが、上記のコピーはちょっと間違ってると思うんですよ。

「サイキック・サスペンスの白眉」ではなくて、もう単純に「白眉」

ジャンルなんか特定して範囲を狭める必要なんか、ない

控えめに言っても、「00年代の全マンガ作品の中で白眉」くらいは言いたい。言わせていただきたい。

とにかく素晴らしい本作ですが、今回はイントロダクション的に「記憶の描写」の表現のみを取り上げたいと思います。

私が三宅乱丈作品を語るとどうせ長くなるに決まってんだから。

じっくりちょっとずつ取り組んでいきますよ。

それでは、よろしくお願いします!

“記憶”は”記録”ではない

皆さんも心当たるところはあると思うのですが、“記憶”は過去の出来事を正確に”記録”して再現するわけではありません。

自分の主観や認識に色づけられて(もしくは歪められて)保管されています。

作品内では以下のように説明。

記憶は記録じゃない

過去の出来事にその人の心が混ざって 出来上がっているんです。

(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第3話「メンドーなこと」/エンターブレイン)より引用

良い記憶は美化され、嫌な記憶はより増幅されて、脳内に保管されていることは決して稀なことではありません。

良い記憶のことは「ヤマ」

嫌な記憶のことは「タニ」と名付けられ、この作品の中では非常に重要な意味を持っています。

人は「ヤマ」と「タニ」を持っている

「ヤマ」とは

その人を支え続ける記憶が作った「場所」であり

「タニ」とは

その人を痛め続ける記憶が作った「場所」である

人が持つ 数ある記憶の「場所」の中

この2つの特別な「場所」にのみ

彼らはそういう名前を付けた

(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第3話「メンドーなこと」/エンターブレイン)より引用

…と少し難しく感じたかもしれませんが、要は今のその人を、その人たらしめるような重要な記憶のうち良い記憶を「ヤマ」、悪い記憶を「タニ」と呼んでいるのです。

今回は、「ヤマ」のシーンを具体的にご紹介します。

「ヤマ」の風景①-人生に希望を持った瞬間

マフィアの末端の構成員、健治。

裏社会に生きながらも、兄貴分の横田から「二人で店を持たないか」と誘われた時の記憶が「ヤマ」となっていました。

「まっとうに生きる」という希望が芽吹いた瞬間ですね。

そのシーンが以下。

※左の水面に立つ男達は記憶をハッキング中の人物。現実のこの場にはいません。

(横田)

こんな仕事でもギャラはいいしよ

ふたりで金貯めりゃ

飲み屋の一軒くらい持てるんじゃねーか?

二人で力合わせてやりゃあよ!

『ペット』健治のヤマ
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第5話「桂木、乱入」/エンターブレイン)より引用

(健治)

そうだな いいかもしれないな!

少しは まっとうな感じになるよな 飲み屋やんのも悪かねーな!

(横田)

そうそう まっとうにな

『ペット』健治のヤマ
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第4話「ピクニック」/エンターブレイン)より引用

オーロラゆらめき、ハイビスカスの花がじゃんじゃん振ってる。

素敵な景色です。

当然、実際にこんなことが起こるわけありませんので、これは美化された記憶。

もちろんこのオーロラやハイビスカスにも健治なりの意味があるのでしょう。

明示されているわけではありませんが、神をも恐れず自分なりにちょっと考えてみたいと思います。

「ヤマ」のハイビスカス

健治は南国趣味に見えるので、単純にハイビスカスが好きなのかもしれません。

二人が出したお店の外観には「ハイビスカス」のイラストがいっぱいに描かれています。

健治の「ヤマ」のイメージとピッタリ一致しますね。

『ペット』健治の店の外観
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第2話「潰し屋」/エンターブレイン)より引用

ちなみに、健治と横田が一緒に出したカフェ兼バーの店名は、「DIVING POINT」

「ヤマ」の記憶でみたとおり、ダイビングポイントにいる際に横田から提案されたお店だからでしょう。

しかし、「イリーガルな仕事」をやっていたときのことですから、誰かに聞かれても店名の本当の由来を話すことはできません。

店名の由来は二人だけの秘密であり、この辺りにも「一蓮托生」というか二人の絆を感じますね。

『ペット』健治の店の外観
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第6話「「ヤマ」の景色」/エンターブレイン)より引用

「ヤマ」のオーロラ

では「オーロラ」にはどんな意味があるのでしょうか?

それは、横田と健治が、とてもよく似ていた人間だったからではないか、と想像します。

これだけだとよくわかりませんね。

詳しく説明しましょう。

横田と健治は、お互いに親から虐待を受けて育った過去を持っており、それぞれ兄弟を亡くしていることも共通しています。

(横田)

てめえは いつ殺されてもいーやって生きていやがるからだよ!

俺と一緒でな!

『ペット』健治と横田の過去
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第6話「『ヤマ』の景色」/エンターブレイン)より引用

同病相哀れむ。

そんな二人がお互いのことを、失った兄弟のように頼りにして「まっとう」に人生を歩む決断をした出来事は、「輝く太陽」に照らし出されるような体験とは言えません。

太陽ではまぶしすぎますし、光と影がくっきりし過ぎる。

そうじゃない。

かといって、「煌々と照らす月の光」や「きらめく星の光」とも言えません。

二人は同じように闇を抱え、同じ「人生の夜道」を歩んできました。

悪いこともしてきましたし、またそんな人生を全否定しているわけでもない。

現に、今でも裏社会の仕事を引き受けていますからね。

いまさら「光に照らされたい」わけではないのです。

ただ、もう少し「まっとうに」生きていきたい。

そう決意させた記憶の場所は、暗闇の中にありながらも光と影を分けることなく夜空全体を美しく彩る「オーロラ」こそがふさわしかったのだろう、と想像します。

もし。

健治の心を救った人物が、横田ではなくまっとうな世界の人間であったなら、「輝く太陽」の「ヤマ」ということもありえたかもしれませんね。

ちなみに。

改変された健治の記憶からは「オーロラ」も「ハイビスカス」も消え失せ、くすんだ太陽の日差しに変わってしまいます。

※左の水面に立つ男は記憶にハッキング中の人物。現実のこの場にはいません。

(健治)

ひとりで店でも構えてりゃな…

『ペット』変わってしまった健治のヤマ
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第6話「『ヤマ』の景色」/エンターブレイン)より引用

おそらく、この太陽は「沈む太陽」なのでしょう。

この後、健治は未来に希望を持たない、退廃的な生き方に変わっていきます。

この辺りも絶妙。

「ヤマ」の風景②-資産家の隠し子・父に認められた瞬間

中国のとある資産家の隠し子として生まれた子が、「父」から「実子」と認められる場面。

本筋に大きく関わる場面ではありませんが、やっぱり「経緯」あっての「ヤマ」だと思いますので、少しだけ背景をご紹介します。

この記憶の持ち主の母は「お金持ちはみんな『黒い猫』だから嫌」と考えています。

(『黒い猫』とは当時の中国政府のトップ・鄧小平のスローガンからの引用)。

あまり息子を「お金持ち連中の(汚い?)世界」へ近づけたくないみたいですね。

本来なら、二人の間に子どもまで作っているわけですから、多少なりとも「お金への執着」が見えてももおかしくない部分。

二人には、「純然とした恋愛関係」があった、と解釈しておきます。

(父)

お前はどうなんだ?

「黒い猫」は嫌いか?

『ペット』「黒い猫」は嫌いか?と問われるシーン
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』3巻 第28話「仕事」/エンターブレイン)より引用

ここは距離のある態度なのがポイント。

「『黒い猫』は嫌いか?」の問いにはいろんな意味が含まれるのではないでしょうか。

つまるところ、このまま「おじさん」として接し続けるか、または「父親」として公式な承認とそれに相応しい援助を与えるか、という今後の対応を占う重要な意味があったと考えられます。

母親の意思は決まっているようですが、本人への意思確認が迫られているシリアスなシーン。

間髪入れずにこの子は続けます。

知らないの? おじさん!

黒い猫でも白い猫でもねずみを捕る猫は みんな いい猫なんだよ!

『ペット』黒猫白猫論
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』3巻 第28話「仕事」/エンターブレイン)より引用

まず。

ちょっと怖い表情で迫ってくるおじさんに、笑顔で「知らないの?」と言い放てる胆力。

…というよりも、「話の筋」の先を理解しているため、自分の主張が拒絶されるわけがないと直感できる知性が、この子にはあります。

そもそもこの年齢にして、鄧小平の「白猫黒猫論」を知識として知っているということや中身を理解して的確に使えるところにも「利口さ」を感じますよね。

また、母と意見が合わないにも関わらず自分なりにあっけらかんと違う答えを持てる自立心。

父の顔には笑顔がうかびます。

生意気なチビスケだな

誰に似たんだ

『ペット』抱えられる陳の隠し子
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』3巻 第28話「仕事」/エンターブレイン)より引用

知性も自立心も備えた「生意気なチビスケ」は、一体誰に似ているのか。

それは、おそらく(有能な)自分。

かつての自分と重ね合わせているのでしょう。

彼の意思と能力を認め、父親として名乗り出ることを決めた「父」は、息子を抱え上げて肩車。

木陰の薄暗い世界を抜けて、陽が射す明るい場所へ引き上げます。

母子家庭で育つ彼が、成人男性から肩車をされるのはこれがはじめてだったかもしれません。

それは、どんなに高く感じたことでしょうか。

お前は私の息子だよ

『ペット』陳家の隠し子のヤマ
(三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』3巻 第28話「仕事」/エンターブレイン)より引用

いっくら父に肩車してもらったからって、森を突き抜けるほど高くなんてならないし、伸びた足はまるで巨人。

そして、今にも太陽に手が届きそう…。

現実には、ありえないことです。

しかし、この時の感動と「手が届かなかった世界へ引き上げてくれた」ことがこの記憶を美化させたのではないかと考えられます。

彼は将来的に外交官になっているのですが、おそらくこの後十分な教育を受けたんじゃないでしょうか。

この「太陽に手が届きそうな父の肩車」のワンカットは本作中の中でもかなり好きなシーンのひとつです。

『ペット』における記憶の描写・まとめ

「記憶は過去の体験に心が混ざってできている」ということへの着眼と、そのイラスト化が秀逸な「ヤマ」の表現を、個人的な憶測とともにご紹介しました。

いかがでしたでしょうか?

発想そのものが面白くて、小学生あたりに図工の時間に描いてもらいたいですね。

この「ヤマ」の表現ひとつとっても、卓越した作品であることがわかる、本作『ペット』。

未読の方に興味を持っていただけたら大変嬉しいです。

「タニ」は絵的にエグくなるので今回はご紹介しませんでしたが、そちらもすごく伝わる描写になっています。

この後ももっと『ペット』をご紹介していきたいと思っていますので、実際に読んでくれたらもっと嬉しいですね。

それでは、また!

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※「リマスター・エディション」とは大幅な描き下ろしページを加えた『ペット』の完全版です。

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あわせて読みたい

三宅乱丈作品は、全作品読みたいところ(すみません、ガチガチのファンなので)

ですが絶対に外せないのは、大作『イムリ』とデビュー作の『ぶっせん』ですね。

シリアスな『イムリ』とギャグの『ぶっせん』のギャップは大きいですが、双方色々と抜きん出ています。

また個別に語れたらなぁ、と思っています。

また、ギャグとシリアスの正中線を通った『秘密の新撰組』もぜひ推しておきたい!

新撰組の面々におっぱいが出来てしまうという超絶バカ設定なのですが、そのことを新撰組の「仲違い」の原因とするなど、史実にからめて昇華していく様は本当に見事。

設定から「ギャグ作品」という先入観を持ちましたが、完全に打ち破られましたね。

「類を見ない作品」であると言っていいと思います。

藤堂平助の死に様が悲しいんだ…。