著者:吉原三等兵(@Twitter)
三宅乱丈『ペット』。
その記憶が、おまえを救い、おまえを犯す。
00年代最高のサイキック・サスペンス、血と涙に溢れる「完全リマスター化」。
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』3巻帯/エンターブレイン
三宅乱丈『ペット』についての記事の第一弾である『ペット』”記憶”は”記録”ではないー「美化された記憶」の可視化では、「ヤマ」という人格に大きな影響を与える記憶の場所の概念をご紹介いたしました。
大事な設定ですので、本編含めて未読の方はお先にどうぞ。
さて。
今回は「桂木」という作中における重要人物のご紹介をいたします。
- 主題
- 人物描写
- 物語
作品の価値を決める要素の中で、どれが一番大事なのかと言うと、私は「人物描写」だと思っています。
そこがガタガタだと、物語も空々しくなり、主題もどっちらけるからです。
逆に、「人物描写が的確であれば作品としては成立する」くらいに思っています。
そこで、「桂木」。
もうね。
主役ではないにも関わらず、素晴らしい人物描写。
ひとりの人間として描ききった感があります。
加えて『ペット』は主題も物語も素晴らしいわけですが、まずはその素晴らしい人物描写の一端をご堪能いただきたい。
彼の物語を追うことは『ペット』の読書体験におけるカタルシスの一つであり、桂木を語らずに『ペット』は語れない。
なので日本一・桂木をしつこく紹介する記事、書きます。書かせていただきます。
ネタバレの宝庫なので気にする方は気をつけて。
気にしない方は読んでみて。
そして、興味を持ったら実際に手をとってください。
今度アニメ化するみたいだから、それ見てからでもいいよ!
参考 三宅乱丈「ペット」TVアニメ化、記憶操作能力持つ少年たちのサイキックサスペンスコミックナタリーそれでは、よろしくお願いします!
目次
桂木。それは不愉快な男。
まぁ~、とにかく。
ちまちまと不愉快な男なんですわ。
それは物語構成上の仕掛けのひとつなのだと思われますが、とりあえずいくつか紹介していきましょう。
まずは病院で喫煙して一言。
(桂木)
ちっ! 大根足が偉そーに!
喫煙所ってのがどこかわからねーからわざわざ便所で吸ってやってんじゃねーかよっ!
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第1話「開いた扉」/エンターブレイン
もろに「昭和の男」って感じですね~。
彼はさりげなく人の飲みかけの缶ジュースを灰皿代わりにしてしまうくらい、タバコと生活が一体化した男でもあります。
また。
キラリと光る序盤随一のセリフといったらこれ!
10年は忘れることができない名台詞です。
(桂木)
嫌だねえ 朝日は
女子高生の靴下みたいにムンムンしててよ
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第1話「開いた扉」/エンターブレイン
こう…。
中年のオッサンの口から出てくる「女子高生」×「靴下」×「ムンムン」という3つの単語が反応を起こして凄いことになってる。
自分の中からむずがゆい嫌悪感が湧いてくるのを止められない!
ドヤ顔なのが拍車をかけます。
一発で桂木の印象を最悪にする、ものすごく秀逸なセリフであることを、ここに指摘しておきます。
初見の時に「よくこんなセリフ考えつくな…」と戦慄したことが思い起こされます。
桂木。それは無能な男。
暗示にかかりやすい男で、記憶操作能力者の少年・ヒロキによく出し抜かれています。
お仕事の中身もお粗末なことが多いようで、一回り以上年下の司からも強めに怒られてしまいます。
(司)
そうして
ある日突然 お前は気づくわけだ
「そういや林は悟のことを随分可愛がっていたっけな」
「そうか 林の奴、悟と連絡をとるために日本に戻ってきたのかな」ってな
なんでお前がソレに気づくと思う?
その頃にはな 林に出し抜かれた時と同じように
悟にも逃げられているからなんだよ!
それがてめえのパターンなんだよ
桂木!
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第9話「袋の林」/エンターブレイン
その辺も踏まえつつ、彼の過去について迫っていきたいと思います。
桂木。不遇の10代
桂木は、少し複雑な家庭環境で育ちました。
実母は愛人であり、事情から本妻の家で育てられることになります。
本妻や腹違いの妹からは虐げられていたようで、10代の多感な時期にまともな家庭生活を送ることは叶いませんでした。
そんな彼が好きな遊びは人形との「おままごと」です。
(桂木)
ただいま ママぁ!
ただいま! ただいま! ただいまぁ!
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第10話「おかえり」/エンターブレイン
・・・。
ヘイ、ちょっと。そこのあなた。
バカにしないでくださいね。
その場所にだけは「ただいま」と「おかえり」が言い合える、彼の理想があったのです。
「当たり前の普通の家庭」
現実がひどいからこそ、ごっこ遊びの中に夢を見ていたんでしょう。
ここでは、「かわいそうな子」として扱われていたことを抑えておきます。
あとから触れます。覚えておいてください。
(父の正妻)
二号の子のくせに
私がどんな思いで引き取ってやったと思ってるんだよ
かわいそうな子だから 置いてやってるんだ
(腹違いの妹)
ヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイ
触らないでよォォ!
ただしの頭おかしいのがうつるぅぅぅ!
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第10話「おかえり」/エンターブレイン
桂木。虐待を受ける。
「このような環境で暮らす」ということ自体が十分虐待に値するかもしれませんが、彼はもっと具体的に虐待を受けていました。
家に居場所が無かった桂木は、その提供を受ける代わりに近所の変質者の慰みものになってしまいます。
(近所の変質者)
大丈夫
僕のうちで お人形さんごっこするといいよ
そのかわり 誰にも言っちゃいけないよ?
いいね? 絶対に秘密だよ?
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』1巻 第10話「おかえり」/エンターブレイン
変質者の目の描写がポイント。
ここは桂木自身の記憶の中なのですが、桂木はこの男の目つきが覚えられなかったのでしょうか?
違いますね。
人間を見る目ではなかった。
ということなのでしょう。
玩具に向けられた、らんらんたる好奇の眼差しだった。
桂木は人間が人間に対して持ちうる「目線」「視線」として、それを認識することができなかったため、このような描写として「記憶」というより「印象」に残したのでしょう。
たぶん、始球式でグラウンドにいたアイドルを囲った中学生の視線は似たようなものだったんじゃないかと思います。
ちょっと話はそれますが、セクシャルハラスメントや性犯罪を犯したが輩が放つ「減るもんじゃない」って言葉があるじゃないですか。
それって嘘八百でしかなくて、自尊心が減るんですよ。
金がなくなったらまた稼げばいいですが、自尊心がなくなったらちょっとやそっとじゃ回復しません。
守るためにもエネルギーが必要だし、失われた自尊心を取り戻すためにもやっぱりエネルギーが必要なのです。
下の画像を御覧ください。
まだ「若き日の桂木」が本編で描かれる前に、隠されたようにサラッと書き込まれたコマですが、左上の人物はおそらく桂木。
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』4巻 第41話「再会」/エンターブレイン
集合写真を撮る際に、髪はボサボサで、姿勢は斜めに構え、ポケットは手にツッコミ、不敵な口元。
外部に対するポーズと見ていいでしょう。
誰も、俺に、踏み込むな。
そんなメッセージだったのではないでしょうか。
理由はひとつ。
踏みにじられて生きてきたからです。
桂木。実は有能な男。
どこでどうなってそうなったのかはわかりませんが、成人した桂木は中国マフィアの元で仕事をしていました。
「潰し屋」と呼ばれる人間の精神に干渉する能力を持っていたことが大きな理由と思われます。
きっとヤケになって生きていたところ、裏社会の目に止まったんじゃないでしょうか。
特殊能力のせいももちろんあるでしょうが、彼は社長直属のポジション。
有能でないと務まりません。
北京語だってすぐに習得します。
(林)
桂木さんにまかせましょう
(桂木)
行った行った!
フン…
俺がいつまでも北京語がわからないと思うなよ…
三宅乱丈『ペット リマスター・エディション』5巻 第53話「我愛你」/エンターブレイン
そう、この時点では彼は有能だったんですよ。
ちょっと口が悪いところがありますが、十分魅力的な男でした。
なぜ、ちょっと抜けてて性格の悪い男に変わってしまったのか?
順を追ってみていきましょう!
はっきり言ってこの記事はイントロダクションなので、次が大事です。
「点と線」がつながっていく、次の記事へつづく。
▶『ペット』「ただいま」と「おかえり」のある幸せ-みっちり桂木の紹介をし続ける記事②/ヨシハライブラリ
ちなみに「リマスター・エディション」とは大幅な描き下ろしページを加えた『ペット』の完全版です。
「リマスター・エディション」版ではない、黄色い表紙は当初発表された通常版の『ペット』。単純にページ数が少ないですが、「リマスター・エディション」版よりも説明が少ない分切れ味があります。これはこれでおすすめ!
今は逆に貴重かもわからんですね。一応、初見はこちらをおすすめしておきます。
『ペット』の他記事
▶『pet(ペット)』”記憶”は”記録”ではないー「美化された記憶」の可視化/ヨシハライブラリ
▶『pet(ペット)』「ただいま」と「おかえり」のある幸せ-みっちり桂木の紹介をし続ける記事①/ヨシハライブラリ←今ここ
▶『pet(ペット)』「ただいま」と「おかえり」のある幸せ-みっちり桂木の紹介をし続ける記事②/ヨシハライブラリ
あわせて読みたい
三宅乱丈作品は、全作品読みたいところ(すみません、ガチガチのファンなので)。
ですが絶対に外せないのは、大作『イムリ』とデビュー作の『ぶっせん』、また、ギャグとシリアスの正中線を通った『秘密の新撰組』もぜひ推しておきたい!
三宅乱丈『ぶっせん』/三宅乱丈『イムリ』
シリアスな『イムリ』とギャグの『ぶっせん』のギャップは大きいですが、双方色々と抜きん出ています。
絶対に読むべきです。
また個別に語れたらなぁ、と思っています。
▶<『イムリ』完結に寄せて>三宅乱丈先生との思い出、編集部の方々への感謝、『pet(ペット)』続編…『fish』/ヨシハライブラリ
三宅乱丈『秘密の新撰組』
新撰組の面々におっぱいが出来てしまうという超絶バカ設定なのですが、そのことを新撰組の「仲違い」の原因とするなど、史実にからめて昇華していく様は本当に見事。
設定から「ギャグ作品」という先入観を持ちましたが、完全に打ち破られましたね。
「類を見ない作品」であると言っていいと思います。
藤堂平助の死に様が悲しいんだ…。