著者:吉原三等兵(@Twitter)
「練習中に水を飲んではいけない」
もはや、そんな非科学的な野球部も姿を消しただろうと願うばかりですが、ちばあきお『プレイボール』の時代は1970年代ですので、バリバリに上記の掟が生きていました。
この事例を取り上げながら、組織が「無意味なルール」を踏襲してしまうことについてもちょっと考えてみたいと思います。
それでは、よろしくお願いします!
目次
"水を飲んではいけない"という常識
まずは、さっそく件(くだん)の出来事を確認してみましょう。外野ノックの途中で、太田先輩が水を飲みに行きました。
(谷口)
太田さん だめですよ 練習中 そんなに水を飲んじゃ
もうすこしがまんしてくださいよ
いくらお湯だって そうガブガブやっちゃ 疲れますからね
ちばあきお『プレイボール』6巻 「偵察開始!の巻」/集英社文庫
ここ、墨谷高校では練習中の水飲みは"絶対にダメ"という強いルールではなかったようです。先輩だからということで気を使ったのかもしれません。
某有名プロ野球選手は、高校の頃、隠れて便器の水を飲んだそうなので、それと比べれば随分マシとは言えるでしょう。
さて。
太田先輩のようにこまめな水分補給をすることは、現代ではもはや常識と化しています。
では、なぜ当時は練習中に水を飲んではいけなかったのでしょうか?
水を飲むとバテる?
一般的には「水を飲むとバテる」から、とされていました。
なぜバテるのか?
その理由は、
- 「体が重くなる」→余計なカロリーを使う
- 「体が冷える」→余計なカロリーを使う
の2点に集約されるかと思いますが、本質的には「水を飲むのは甘え」という思想に支えられていたと言っていいんじゃないでしょうか。
科学的見地はもとより、実感や経験則すら根拠にしていないルールは、一体なにを拠り所としていたのかと考えると、「精神論」以外にはありえないのは自明の理ですから。
発見! 水を飲んだら元気でる
誰だって、追い詰められれば追い詰められるほど、自分の身体がなにを欲しているか本能的にわかりますよね?
参考 『しっかり水分補給!元気に運動』「失われた汗の量を、体重計でチェック!」日本体育協会上記リンク先でも示されるように、失われた水分を取り戻せば、元気いっぱいになるわけです。
2010年代では常識ですよ。
しかし、70年代は違いました。違ったんです。
そこに彗星のように現れた、墨谷高校きってのインテリボーイがいました。
そう。
俊足強肩でならす墨谷のセンター。太田先輩です。
(太田)
だれもが水分をとりゃバテるってこともねえと思うんだがな
おれなんざ ぎゃくに元気がでるくらいだぜ!
ちばあきお『プレイボール』6巻 「偵察開始!の巻」/集英社文庫
70年代にして、なんという慧眼!
太田先輩すごすぎます。
ウソやサボりで言ってるんじゃないんです(・・・きっと)。悲痛な叫びなのです。
「異論を検討する度量」が大事
カッコよく言えば、「空気」に流されず、因習にとらわれず、率直に自分の身体と対話しての太田先輩の発言は、リーダーとしては真摯に耳を傾けるべきでした。表情から読み取るに、そのギリギリのところまではいっていたことも伺われ、谷口の誠実さを感じます。
(谷口)
そ…そうなんですか
ちばあきお『プレイボール』6巻 「偵察開始!の巻」/集英社文庫
と、思ったのもつかの間。
決めつけと思い込みは怖いもの。歯に衣着せぬ鬼軍曹・倉橋が頭ごなしに脅しをかけてきました。
(倉橋)
(そうなんですか だって…)
ほっときゃいいじゃないの 夏の大会には島田をつかやぁいいんだしさ!
ちばあきお『プレイボール』6巻 「偵察開始!の巻」/集英社文庫
ちょっと待った!倉橋くん。よくない!
私は倉橋ファンですが、この件に関しては、よくない!
いや、まぁ、「常識とされるもの」を振り払うのは本当に難しいことではあります。
実際にそれを覆す際も、根回し必須だったりしますし。太田先輩はそれを怠りました。
それでも、この倉橋の態度はよくない。そして結果論的にも誤りでした。
「職場の常識」を疑うこと、これ常識ね
『プレイボール』では太田先輩が率直なもの言いをしていましたが、一般的な会社組織では、新入社員や中途入社の方が、同様の役割を果たすことが多いでしょう。
長年、社会人をやってらっしゃる方は分かる人も多いと思いますが、改めて仕事のやり方を見直す機会になるので、「異邦人」の率直な意見は大事にすべきです。
もちろん、新人などは料簡違いの意見を言うことも多いでしょう。
が、それを頭ごなしに潰していては、発展などありえません。もはや組織の中にいる人では気づくことは困難なので。
リーダーやベテランほど、つどつど改めて検討してみるという謙虚な心が大事です。
アホみたいに時間をかけてやっていたことを、新卒のお兄ちゃん・お姉ちゃんがあっという間に解決することだって、あるかもしれませんよ。
実利より、これまでの担当者のメンツを優先するようであれば組織として終わってます。
熱中症による死亡件数第1位-野球部
現代では、ことあるごとに熱中症の危険が取りざたされています。
日本スポーツ振興センターのHPの言葉を引用すれば、「近年、学校の管理下における熱中症の死亡事例は、減少傾向となっていますが、未だ皆無とはなっていません。」とのこと。
中でも、もっとも多くの死亡者を出してきたのは悲しいかな野球部でした。
また日本スポーツ協会によれば、熱を逃がしにくい服装や長い練習時間、また単純に競技人口の多さが指摘されています。
Q.他の競技に比べて、野球で熱中症にかかる人が多いのはなぜでしょうか?
野球はスライディングや守備時に体を守るという意味で、下半身を全部覆うユニフォームであったり、アンダーシャツの上に、ベースボールTシャツを着るというように、服装が非常に熱を外に逃がしにくく、熱中症になりやすい環境にあります。
練習内容により服装を変更して、熱を逃がす工夫をすることが必要になります。
また、野球は練習時間が長い特徴があります。
暑い時間帯の練習を避けることで予防することができると考えられます。
またデータ上は、野球でたくさん熱中症が発生していますが、野球をする人の数が多いということも考慮しておく必要があります。
身近に野球部の練習中に倒れたり、亡くなったりする例を聞くとやはりゾッとします。
命が奪われるとなると、まったく無視できない影響力なので、指導する立場にある人には慎重な判断と正しい知識が必要なのは言うまでもないですね。
ブラック労働による自殺やうつ病に関してもそうなのですが、他人の人生に対してシャレにならない影響力を事実上持ってしまっているので、「常識」だの「普通は」だの「俺の若いころは」だのは管理職の甘え。
そりゃ、「因習」だろう、と。
とりあえずプレッシャーを与える前に考えるべきことは、結構あるはずです。例えば、下記のリンク先のように。
参考 なぜ名門スポーツ校の生徒たちは、炎天下でも猛練習が続けられるのか?熱中症予防 声かけプロジェクト『プレイボール』にみる「無意味なルール」踏襲の愚-どうして練習中に水を飲んじゃいけないの?・まとめ
私は学校の野球部に所属したことはありません。
野球の楽しさに目覚めたのが大学生の頃で、楽しく草野球をやっていただけ。自分がこんな目にあったことはないのです。
ですが、『プレイボール』のこの一連のくだりを見ると、胸がギュっとなります。
死ぬわけでなければ「こんなこともあったね」と、すまされる話かもしれませんが、少し身近に亡くなられた事例に接したので他人事に感じられませんでした。
決して「名作」の揚げ足をとって、批判して粋がりたいわけではありませんが、今を生きる我々としてはやはりこういった面での反省点は見出していくべきです。
ぶっちゃけたところ、嫌いなんですよ。頭ごなしに「偏った常識」を押し付けられるのが。人が死ぬほどの話だからなおさら。
野球で言えばダルビッシュ選手と張本さんがよくケンカしてる内容もそうだと思いますし、野球でないところでもいっぱいあるでしょう。
このことを鏡に、いろんな気づきを得たいものです。
それでは、また!
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