『SLAM DUNK(スラムダンク)』地を這うものに翼はいらぬ。未熟のリーダー、湘北バスケ部主将・赤木剛憲

『SLAM DUNK』未熟のリーダー赤木剛憲

著者:吉原さん(@yoshihara_san

たまにはメジャーな作品の話をしてもいいですよね。

累計1億部を超える超人気作、『SLAM DUNK(スラムダンク)』。

今日は、湘北高校バスケ部の屋台骨、主将・赤木剛憲(あかぎ たけのり)について、彼の未熟さを中心にお話したいと思います。

あらかじめ断っておきますが、赤木をバッシングすることを目的とする記事ではありません。

むしろ、『SLAM DUNK(スラムダンク)』は赤木を主人公にした方が面白かった、と思っています。

それでは、よろしくお願いします!

湘北バスケ部=赤木剛憲

『SLAM DUNK(スラムダンク)』の見どころをいくつか挙げてみましょう。

初心者・桜木の成長。

天才・流川の活躍。

チームの触媒としての宮城。

アウトロー・三井の再生。

しかし、なんといっても象徴的なのは主将・赤木剛憲の存在であり、湘北高校バスケ部とはつまり赤木のチームなのです。

これは、どの登場人物が推しメンだとか、一番能力が高いとか、そういう話ではありません。土台の話です。

例えば。

桜木は目の前のことに精一杯取り組んでいるだけです。

流川は良い意味でも悪い意味でも自己中心・唯我独尊のプレーヤー。

宮城は女子に目がいきがち。

三井は過去の過ちの払しょくに余念がありません。

そう。

極論すると、赤木以外のレギュラーは、基本的に自分のことしか考えていないのです。

それが湘北というスター軍団の危うさであり、魅力的ではありつつもアンバランスさが同居するチームだったのだと思います。

唯一赤木だけが、「最強山王」に勝ち「全国優勝する」、というチームとしての明確な目標を持ち続けていました。

自分にその実力が無い、1年生の頃からずっとです。

一人一人が全国レベルの選手ではあるものの、自我の強い天才型プレーヤーの集まりである湘北高校のレギュラーをまとめあげることができたのは、この「全国優勝」という高い目標があったからこそと考えることもできると思います。

逆にそれ以外の目標では、彼らの実力や才能が存分に発揮できたかは怪しいもの。

もし、赤木の目標が低かったら

例えば、赤木が主将として掲げた目標が、「神奈川県ベスト8」くらいだったとしましょう。

簡単ではないと思いますが、最強メンバーを揃えた湘北にとって高い目標とは言えません。

そこを最高目標に設定すると、どうなるか。

流川は点取り病をこじらせ、ゲームを私物化したかもしれません。なんならチームの勝敗よりも大会得点王あたりを目標にしかねないというのは言い過ぎでしょうか。

宮城は「ベスト8くらいでよければ、もっと彩ちゃん(女子マネージャー)と遊べる…」と手を抜くかもしれません。

三井はまたズルズルと楽な方に流されてしまったかもしれません。

桜木は無理せずゆっくり育てることになり、思い出作りのためにレギュラーは3年生の木暮に決定したとしたら…。彼はバスケットの真の面白さに気づく前にバスケを辞めてしまったかもしれません。

要するに、彼らを低い目標の集団に放り込むことで、まったく異なるチームになっていた可能性すらあった、という話。

強烈な自意識と才能をたたえたスーパースターの卵たちが躍動するにはそれなりの孵卵器が必要で、中途半端な温度で卵の中身を腐らせてる場合じゃないんですね。

チーム全体が醸し出すヌルい空気は、志の高い連中のやる気を削ぐことにつながります。

名作、『キャプテン』にもこんなシーンがありました。

(イガラシ)

ああ すっきりした

いい試合ができりゃ 負けてもいいなんて きいちゃうと

どうにも練習に身がはいらなくって

(ちばあきお『キャプテン』1巻「敵情視察の巻」)/集英社文庫

『キャプテン』イガラシ(参考:『キャプテン』(『プレイボール』)続編スタート!イガラシ世代の主要登場人物のまとめ)の中1の頃の弁ですが、練習の鬼であるイガラシの集中力すら奪う効果があるわけです。

集団に伝播する”空気”って良くも悪くもバカにならない影響力があります。特にまだ高校生くらいの年齢ならなおさら。

そういう意味でうってつけのリーダーだったのが赤木剛憲。

実力が無くても、部員がついてこなくても、握力を緩めることなく「全国優勝」という目標にぶら下がり続けました。

湘北高校バスケ部とは赤木(という器)だというのはそういうことです。

木暮も良いよね

ついでと言うわけではないですが、3年生・木暮もなかなかの人物だと思います。

赤木の掲げる「全国優勝」という目標に寄り添い続け、いざ最終学年というところでスター選手が続々と入ってきて自分はレギュラーを外れました。

「補欠になりたい選手」なんてどこにもいません。

試合で発揮してこその練習だったはず。そのための3年間だったはず。

だけど、そんな感情は見せることなく、湘北のためにできることに力を注ぎました。

これは口先だけでなく、焦点が「全国優勝」にあっていたことの証でもあると思います。

(個人的には、「赤木が満足するまで付き合おう」と思っていた節があると考えていますが)

とにかく「赤木を一人にさせなかった」というのが大きかった。

未熟なリーダー・赤木剛憲

さて。

本題に入ります。

「湘北とは赤木である」。いいでしょう。

しかし、同時に彼は未熟なリーダーでもありました。

具体的に言えば、3年生が赤木と木暮の二人しか残っていなかったという事実が端的にそのことを表しています

彼の掲げる「全国優勝」という目標に、周囲を巻き込むことが出来なかったのです。

(チームメイト)

オレは ただ 楽しくやりたかったんだ……

赤木 お前とは合わない…

『SLAM DUNK(スラムダンク)』「オレはただ楽しくやりたかったんだ………」「赤木お前とは合わない…」「くそっ勝ちたくないのか!!」
(井上雄彦『SLAM DUNK』11巻「#117 1年か2年後」/集英社(ワイド版))

ダブルスコアで負けたにも関わらず、帰りの電車でヘラヘラしている先輩たちにも食ってかかっていたこともありましたが、それでも火をつけることは叶わなかった。

決定的だったのは、サボる部員に暴力をふるったことでしょうか。

(チームメイト)

赤木

うああああーーーっ

!!

『SLAM DUNK(スラムダンク)』チームメイトを投げる赤木
(井上雄彦『SLAM DUNK』23巻「#265 指図」/集英社(ワイド版))

赤木は、カッときてしまった。

自分の夢を汚され、笑われ、怒りのままにチームメイトをぶん投げてしまった。

これは物理的には赤木がチームメイトを放り投げていますが、精神的な意味では逆だったんじゃないですか?

投げられた本人は言わずもがな、当日この場にいなかったメンバーからの評判も大いに落としたことでしょう。

(チームメイト)

強要するなよ 全国制覇なんて

お前とバスケやるの 息苦しいよ

『SLAM DUNK(スラムダンク)』お前とバスケやるの息苦しいよ
(井上雄彦『SLAM DUNK』23巻「#265 指図」/集英社(ワイド版))

ぶん投げられて足腰も立たなくさせられた直後にも関わらず、余計な怒りのこもらない台詞。

素直に吐き出された言葉のように感じました。

この投げられたチームメイトも、決して特別に人格に問題がある人物ということではなかったはず。

ぶん投げたのはやり過ぎでした。

同じく、『キャプテン』でもリーダーと他のメンバーとの間に温度差がありましたが、そこはしっかりと埋められていきました。

谷口・イガラシと赤木の違い

谷口やイガラシと赤木は何が違っていたのか。

簡単に比較することはできませんが、いくつか考えてみたいと思います。

例えば、谷口は自らを含めて「才能のないものは努力しかない」ということを行動で示しました。

これをチームメイトに息苦しいと感じさせなかったのは昭和と平成という時代の違いがあるのか。

いずれにせよ谷口自身が決して恵まれた才能や体格の持ち主ではなかったことも影響していると思います。

だから説得力があるんですよ。

他の「才能がない」チームメイトのロールモデルに成りうるんです。

赤木は違います。

全国レベルで見ても有数のフィジカルの強さを持った(しかしスキルは発展途上の)赤木が「全国優勝」と言い続けていても、やっかみも含めて「勘違いするな」「一緒にするな」「押し付けるな」となることもうなづけます。

赤木は一度でも自分とその他の人間との差異に気を配ったことはあったのでしょうか。

また、谷口君は弱気なチームメイトにも「勝てる理由」を教えてあげるのも得意だったと思います。

(谷口)

専修館は ぼくらにだって勝てる相手だってことです!

(ちばあきお『プレイボール』9巻「2点差を追え!の巻」/集英社文庫)

なんとなく皆をその気にさせてしまうんですね。

「俺たちでもできる!」と。

赤木はどうか。

(赤木)

まだいける!!

まだ追いつける!! まだだ!!

あ!!

ああ… 戻れえっ!!

『SLAM DUNK(スラムダンク)』赤木「まだ追いつける!!」
(井上雄彦『SLAM DUNK』23巻「#264 救世主」/集英社(ワイド版))

そう。無策です。

湘北は作戦面に関しては安西先生に頼りっぱなしだ、と海南の田岡監督も言ってましたね。

赤木にとっては勝つための手段が「練習による個々のスキル・能力の底上げ」しか思いついていなかった面があります。

(安西先生への[信頼=依存]があったゆえかもわかりませんが)

違う例を見てみましょう。

過酷な練習を課す際、イガラシの場合は「優勝経験を持っているメンバーである」ことに希望を見出しました。

(イガラシ)

たしかに やつらは 全国優勝ってものを あまくみてることはあるが

そうそう脱落するはずはない

…(中略)…

たとえ草野球だ地区対抗だとはいえ

優勝をしたよろこびをしってるやつらだからな!!

(ちばあきお『キャプテン』6巻「特訓また特訓の巻」/集英社文庫)

イガラシは個々の選手の才能や現時点のスキルよりも、勝機を見つめ続けることができるであろうメンタルを重要視したのです。

これがなければ、イガラシも練習の強度を落とすことも考えたんじゃないですかね。

いずれにせよ、その辺りの理解・コンセンサスがまったくない状態で

(チームメイト)

そう…… 今日もさ

なんか ふっるい週バス 見せられてさ

コレがオレの原点であり……

最終目標なのだ…

『SLAM DUNK(スラムダンク)』コレがオレの原点であり……最終目標なのだ…
(井上雄彦『SLAM DUNK』23巻「#265 指図」/集英社(ワイド版))

と掲げても、なかなかリアリティを持って捉えることができない方が普通でしょう。

赤木は、谷口やイガラシらに代表されるような歴代『キャプテン』の主人公たちとは異なり、チームメイトの心に火を着けることができないままに最高学年となりました。

愚直っていうか、実直っていうか…。

谷口やイガラシに垣間見えるような、「他人への影響力」や「人の心理を読む洞察力」に欠けるんですよね。

しかし。

そんな彼の不器用さを、私はどうしても笑うことができない。

私の心の中のナランチャが、こう叫ぶのです。

「赤木の心のキズは、オレのキズだ!!」

幸運なる主将・赤木剛憲

さて。

人間味あふれるものの、リーダーとして未熟な赤木は高校生活最後の春をどんな気持ちで迎えたのでしょうか。

全国優勝の旗は降ろさなかったにせよ、本人ですら内心どこまでリアリティが感じられる目標だったかはわかりません。

それが蓋を開けてみれば、流川、桜木、宮城、三井と短期間に恐るべきメンバーが続々と集まり、数々の県内の強豪と互角に戦えるチームに急成長します。

これは、誰が何と言おうが「運」であり、もっと突っ込んで言うと少年マンガ的ご都合主義です。

しかし、その幸運をつかんだのは赤木や木暮の準備があってこそ。

赤木もここまで2年間の失敗から学んだのか、懇切丁寧に桜木を指導し、最高学年にふさわしい振る舞いも随所に見せるようになります。

また彼は、自己中心的傾向が強い他の4人のレギュラーとは異なり、他人の才能を素直に認める度量も備えていました。

(赤木)

ムチャいうな。

桜木(あいつ)はこれ以上ない速さで成長している…

『SLAM DUNK(スラムダンク)』桜木はこれ以上ない速さで成長している…
(井上雄彦『SLAM DUNK』3巻「#23 ただ者じゃない男」/集英社(ワイド版))


(赤木)

こっ… この男…

底が知れん!!

『SLAM DUNK(スラムダンク)』赤木「底が知れん!!」
(井上雄彦『SLAM DUNK』23巻「#263 一理ある」/集英社(ワイド版))

これは赤木が才能の有無なんかに悩むレベルはとうに過ぎていることの証左であり、ペックオーダーのためのつつき行動を繰り返す他のレギュラーとはやはり立っている場所が違うことを思わせます。

赤木の表情に注目して欲しいのですが、ここまで心の底からチームメイトのポテンシャルに感じ入っているのは、赤木ただひとりだけですよ。

他のレギュラーは多少他を認める発言があったとしても、ここまでの表現はない。

どっかで「自分の方が上(の部分もある)」とか思ってるからです。

このような赤木が主将であったからこそ、我の強いメンバーを受け入れ、一つのチームにすることができたのではないでしょうか。

湘北高校バスケ部の快進撃はたまたまや偶然の出会いの妙が折り重なって、ギリギリの可能性の中で生まれたものと私は考えます。

赤木の目標が全国優勝だったせいでチームはずっとバラバラだったわけですが、最後まで全国優勝を目指し続けたおかげで結束することが出来た、とはなんとも皮肉な物語です。

全ての自信を引き剥がされた「山王戦」

【大人になるまでに読みたいマンガ100選シリーズ】小学校・高学年編/30選の記事中でも私は「山王戦にすべてがある」と主張しましたが、ここでもやはり赤木にピントを合わせて語っていきたいと思います。

何といっても、赤木にとって同じセンターというポジションである、山王工業・河田雅史(かわた まさし)の存在は強大でした。

赤木はほとんどの面において、河田に負けたと言ってもいいと思います。

(正確に言えば、勝負できる面はあるんですが、その場所から引きずり出されて勝負にならなかった)

ご多分に漏れず、バスケットボールという競技においても才能の差というのは歴然とあるのでしょう。

しかし、作者はこの『SLAM DUNK(スラムダンク)』という作品を通して「才能>努力」と言いたかったとは思えません。

海南の高頭監督の台詞からも、それは読み取ることができます。

(高頭監督)

海南(ウチ)に 天才は いない

だが海南(ウチ)が最強だ!!

(井上雄彦『SLAM DUNK』11巻「#120 SILK」/集英社(ワイド版))

では。

赤木は才能の不足分を、これまで培った努力で埋め合わせて河田に立ち向かえばよかったのでしょうか?

もちろん、赤木は持てる全ての刃を持って立ち向かいました。

それでも、スピンムーブからなにからこの大会に合わせて習得してきた技術もことごとく河田に跳ね返されてしまいます。

才能も努力も経験も含めすべてにおいて赤木が劣っているのではないか、と感じさせるほどに河田は強大です。

自分は負けても、チームは勝たせる

しかし。

ライバル・魚住によって、赤木は目を覚めさせられます。

(魚住)

華麗な技を持つ河田は鯛…

お前に華麗なんて言葉が似あうと思うか 赤木

お前は鰈だ 泥にまみれろよ

(井上雄彦『SLAM DUNK』22巻「#246 主将の決意」/集英社(ワイド版))

この台詞によって、赤木は自分が河田に勝つ必要はないことに気づき、湘北が山王に勝つために自分がやるべきことを見出したわけです。

ちょっと立ち止まって考えれば当たり前のことですよね。チーム競技なんですから。

でも赤木がここまで気づかなかったのも致し方ない面があると思います。

これまでの3年間…自分が勝たなければ湘北は勝てなかったのだから。

まったく頼りにならないチームメイトに囲まれ、自分が最高学年になり、さらに主将になり、「俺がやらなきゃ」という考えに固執するようになってしまうのは、赤木ほどの意欲と能力がなかったとしても当たり前だと思うんです。

こういう構成は面白いなぁ。

「真のチームワーク」と赤木の到達点

さらに。

チームの大黒柱である赤木がズブズブと沈むことに反作用するかのように、一層輝きを増す個々の選手の底力が湘北の恐ろしさでした。

赤木という器の中でプレーをしていても、その器が決壊すると同時に自分こそがチームの救世主たらんとするその姿勢

皆、自分勝手。自分勝手にチームを救う。自分勝手にチームを勝利に導く。

そういうチームワーク。そういう信頼。

これが素晴らしかった。

実際のところ、赤木は「全国優勝、全国優勝」と言いながら、勝利に対してどこまでも貪欲なこんな仲間たちとのプレーこそが、彼の目指していた場所だったように思える節があります。

(赤木)

……………感情的になるな…………

まだ何かを成し遂げたわけじゃない

なぜ こんなことを思い出してる バカめ

『SLAM DUNK(スラムダンク)』赤木「まだ何かを成し遂げたわけじゃない なぜこんなことを思い出してるバカめ」
(井上雄彦『SLAM DUNK』23巻「#266 原点」/集英社(ワイド版))

ある意味、そこが彼の到達点であり、限界点だった。

赤木はこの涙とともに、勝利をつかみ取るキーパーソンとしての資格を失ったのだと解釈しています。

本人がどう気合を入れなおそうが、ターミナル(終着駅)に着いてしまったのだから。

すぐに真意を読み取り、そんな赤木に共感を示す木暮。

(木暮)

味方の頼もしさに 一瞬 心が緩んだのか

……赤木……

…ずっとこんな 仲間が欲しかったんだもんな……

(井上雄彦『SLAM DUNK』23巻「#266 原点」/集英社(ワイド版))

この辺りから鑑みるに、やはりこの二人のゴールはここだったと解釈せざるを得ない。

その事実に気づきつつ、「バカめ」と内心必死に抵抗している赤木の悲しさよ。

もっとシンプルに勝利を渇望する他のレギュラーからは、クソミソにこきおろされてしまいます。

赤木、最大のミス

そしてもう一つ。

彼の大きな失敗を指摘せねばなりません。

それほどまでに得難かった「仲間」である桜木を、赤木は守ることができませんでした

試合終盤、ルーズボールを追って机に突っ込んだ桜木。素人目にも明らかに異変を来しています。

故障箇所は脊椎でしょうか?

後遺症すら予測できそうな状況であったにも関わらず、赤木は彼が試合に出続けることを止めることができなかった。

顧問である安西先生が止められないのなら、もはや止めるべき立場であったのは主将である赤木しかいなかったにも関わらず、です。

桜木が数多の読者に感動を与えた、強行出場を直訴する際の台詞があります。

(桜木)

オヤジの栄光時代はいつだよ…

全日本のときか?

……………

オレは………

……………

オレは今なんだよ!!

(井上雄彦『SLAM DUNK』24巻「#270 栄光の時」/集英社(ワイド版))

いわゆる「名言」とされる言葉です。

が。

ひんしゅく覚悟で、あえて声を大にして言いましょう。

栄光時代がどうこうなど知ったことか、と諭さなければならなかった。

「この試合の勝敗より、お前のこの後の人生の方が大事だ」とゲンコツくらわせてでも止めるべきだった。

もともと湘北の精神的支柱であるはずの赤木も、安西先生を信頼しきっていた(もとい依存していた)節があり、致し方なく感じる面はあります。

「安西先生がOK出したんなら、大丈夫なんだろう」と考えても不思議はない。

見た目のいかつさから忘れそうになりますが、赤木も一介の高校生でしかありません。

あの極限状態の試合の最終盤に、まだ18前後の少年にそこまでの分別・判断力を要求することは確かに酷です。

どう考えても一義的な責任は安西先生にあるし…。

しかし、それでも「どうすべきだったか?」と問われれば、やはり「止めるべきだった」としか答えようがない

これね。

実は、遠因として、過去の赤木の言動が影響を与えている可能性もあるんです。

それは、神奈川県大会の決勝リーグでの出来事。

赤木が足に負傷をした際に、テーピングでガチガチに固めての強行出場を主張しました。

(赤木)

骨が折れてもいい…

歩けなくなってもいい…!!

『SLAM DUNK(スラムダンク)』赤木「骨が折れてもいい…歩けなくなってもいい…!!」

やっと つかんだ チャンスなんだ…!!

『SLAM DUNK(スラムダンク)』赤木「やっとつかんだチャンスなんだ…!!」
(井上雄彦『SLAM DUNK』10巻「#109 ACCIDENT」/集英社(ワイド版))

それを桜木が裏で聞いてるんですね。

赤木がこの大会にかける想いの強さに打たれた場面ですが、この時のことが桜木のその後の価値判断を狂わせた可能性もあります。

(本人も「ゴール下のキングコング弟」とか呼ばれてまんざらでもなさそうだったし、それなりに影響を受けておかしくない)

なんで、なおのこと罪作りなんですよね。

え?

人が感動してるシーンに、ケチつけて水差すな?

いやいやいやいや、ちょっと待って。よく考えてくださいよ。

桜木、まだ15とか16ですよ?

自分の行動の責任を、すべては負えない年齢です。

それに赤木だって、自分の選手生命は勝利のために差し出したとしても、後輩の選手生命(もしくはそれ以上のもの)と引き換えに勝利をつかむことを望む人間とは思えないんですよね。

そして、未成年の桜木だけの問題でもないでしょう。

もし私が桜木の父親の立場だったとして、故障したのを承知で使い続けて後遺症が残ったにもかかわらず、監督責任者や主将が「本人は納得してましたし、今が栄光の時だって言うんで止められませんでした。」とか抜け抜けとホザいたらぶっ飛ばしたくなります。

明白に危険性を認識しているのは事実なわけですから。

なんのための監督だ。なんのための主将だ、と。こんな時のためにお前らは人に指示する立場にいるんだろが、って。

高校野球の監督なんかも自分の立身出世のために選手を使いつぶす人物がいるそうですが、とんでもない話です。

深刻な後遺症も考えうる状態の桜木にプレーを続けさせるのは、やはり一種のグラン・ギニョール(残酷劇)だったろう、と思うわけです。

件のシーンに心打たれてしまうこと全てを否定するわけではありません。

人生においてその後の寿命や健康をそこなったとしても、やらなければならないことが存在すること自体も否定しません。

人生、損得じゃないですから。

しかし、それでも「感動!!」「名言!!」そんな言葉で塗りつぶしてしまうには、あまりにも複雑な色合いを帯びたシーンだと、私は思います。

それでも私は赤木に拍手をおくる

勘違いして欲しくないのですが、これだけの未熟さや才能のなさ(あくまで超高校級選手らと比較しての)、リーダーとしての自覚の足りさなを指摘してなお、私は赤木が嫌いにはなれません。

失敗の連続。厳しい評価。

それらをすべて振り切って「打倒・山王工業」「全国優勝」と唱え続けた赤木。

にも関わらず当の山王戦の真っ最中に、共に戦う仲間への満足を隠せない赤木。

そのくせ、その「仲間」である桜木を守ることが出来なかった赤木。

多くの人間的素晴らしさと同時に多くの愚かさ・未熟さも体現する赤木少年に、心のどこか深い部分で共感を感じずにはいられません。

山王戦における主将・赤木は決してヒーローと表現することはかないませんが、それでも私は彼の高校3年間に拍手を送りたいと思います。

また結果的に最強・山王工業を破るものの、バスケでの大学推薦は得ることができなかった赤木。

作者がこの辺りの評価の厳しさ(をマンガに持ち込むところ)には好感が持てます。

受験勉強も、頑張れ、赤木。

『SLAM DUNK(スラムダンク)』赤木剛憲・まとめ

ということで、『SLAM DUNK(スラムダンク)』における主将・赤木について、言いたいことを言いました。

湘北高校バスケ部そのものと言っていい、赤木剛憲。

彼の未熟さ故の、失敗・挫折。それを補い、覆していく仲間との出会い。

私は『SLAM DUNK(スラムダンク)』は赤木を主人公とし、赤木の物語として読む方が絶対に面白いと思うんですよ。

『SLAM DUNK(スラムダンク)』がここまで多くの人々に受け入れられた理由の一つはその物語のカッティングの巧みさがあると思います。

いろいろあったとしても、あくまで「陽」として読めるように不快さの少ない加工(カッティング)を施した上で世に出しました。

これは、人気最優先のジャンプ誌上で、当時は異端の題材であった「バスケット」の作品が打ち切られないようにする必要があったということもあるでしょう。

しかし、よくよく読めば、もっと異なる読み方も可能な作りこみがなされており、そこが物語全体の説得力の土台となっていると言えます。

赤木中心にもっと深い挫折や苦しみ(例えば、山王戦後、安西先生と一緒に桜木のご両親に謝罪に出向く赤木なんか良いですね)を織り込めばもっと私好みの作風だったと言えるでしょう。

やろうと思えば、それなりに不快感がともなう部分も見せながら描くことができたであろうことは、その後に描いた『リアル』『バガボンド』を読めばわかりますね。

しかし。

そんなことやって(少年誌の)読者を興醒めさせては、ここまで売れることはなかったでしょう。

それでも、『SLAM DUNK(スラムダンク)』。

面白いです。

この作品の最後のコマは正しい。

(桜木)

天才ですから

(井上雄彦『SLAM DUNK』24巻「#276 湘北高校バスケットボール部」/集英社(ワイド版))

桜木や流川は背中に翼の生えた鳥。凡人ではたどり着けないところまで飛んでいくのです。

魚住は赤木を「泥にまみれる鰈」だと表現しました。

キリンジの歌にこんな歌詞があります。

地を這う者に翼はいらぬ、と腹を括ったぜ

(キリンジ『Fine』収録-「地を這う者に翼はいらぬ」/ワーナーミュージック・ジャパン)

赤木こそは、まさに「腹を括った、地を這う者」でした。