著者:吉原三等兵(@Twitter)
「小学校」という人間社会の入り口における少年たちの心の葛藤や権力闘争をありありと描き出した藤子不二夫Ⓐ『少年時代』。
しかし、『少年時代』の魅力はそのテーマ性だけではありません。
戦争当時の日本の四季や、少年たちを夢中にさせた雑誌や遊び。食糧難と言われた時代の食べものなど、"時代の空気"を知る資料としても非常に貴重です。
当時の生活を知ること。そして曾祖父母やそのまた上の世代の人間たちがどのように生きていたかを知ることは、自分たちのルーツを探る行為であるとも言えます。
過去の日本を知ることは現代を生きる子どもたちの教養のひとつと言っていいのではないでしょうか。
ぜひ子どもたちにおすすめしたいマンガです。
それでは、よろしくお願いします!
日本の原風景
小学5年生の進一が疎開した富山県下新川郡泉山村。
「泉山村」とは架空の地名ですが、現在のこのあたりの地域がモデルになっているようです。
海と山に近い、いかにも日本らしい地域だったのかもしれないですね。
雄大な立山連峰
次の一コマは、はじめて進一が疎開してきたときにみた風景の一つです。
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』夏の章/中央公論社
この雄大な立山連峰と水田は、日本の原風景のひとつと言ってもいいでしょう。
戦争中に11才の少年が親元を離れ、不安に生きた1年間の中で幾度となく目にした風景です。
富山で進一と弟をあずかってくれている庵主さんは、立山連峰を指さしながら、こう言います。
(庵主さん)
進一ちゃんも進二ちゃんも これから毎日 この道をあるいて 学校へかよわにゃならんけど いつもあの立山を見ながら胸はってあるくんやよ!
つらいことがあっても メソメソして下むいて あるいちゃあかんよ!
つらいことがあったら なおさら胸はって 立山を見るんや!
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』夏の章/中央公論社
辛かった日、楽しかった日。
庵主さんの言うとおり、いつも通学路から見えていたこの立山連峰が、自分を包んでくれていたように感じる日もあったかもしれません。
雪景色
北陸の冬は早い。秋には初雪が降り、辺りの景色が一面銀世界になりました。
東京出身の進一たちにははじめての経験で、それは印象的だったようです。
(進一)
それは まるで童話の中にでてくるような美しい景色だった・・・・
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』秋の章/中央公論社
私はもともと雪が積もらない地域の生まれですので、はじめて雪景色をみたときは感動したものです。
普段見慣れた風景が、まったく違って見えるところがそこはかとなくシュールでいいんですよ。
遠くの山々や木々、そして屋根が真っ白に変わる。
くぼみをつける誰かの足あと。
すべてが目新しく、ほうぼうに視線を行き交わせるその間にもしんしんとゆっくり降りてくる雪。
ララァもきっとこう言います。
「美しいものが嫌いな人がいて?」
昔の食べもの
物資が枯渇していた東京よりも、田舎の方が海や山が近い分、食べ物は豊富です。
子どもたちも山々で食べられるものをとってくるのが当たり前の社会。
声を大にして言っときますが、こういう経験って絶対必要!
最低限のサバイバル知識は「生物としての基礎」ですから。
自分の身近に採れるもので、何が食べることができて、何が食べれないのかくらいはやはり父親として我が子に教えておきたいところです。
私は父親や祖父母から自然に習ったものですが、今は「教えよう」として教えないと機会すら生まれませんよね。普通にやってると公式や英単語で精一杯。
それって生き物として"ひ弱"だと思います。
山で採れるもの
・百合根
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』夏の章/中央公論社・スカンポ(イタドリ)
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』夏の章/中央公論社・木苺
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』夏の章/中央公論社・すす竹
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』再び夏の章/中央公論社
などなど、他にもよもぎ、あけび、野ぶき、わらび、ぜんまいなど枚挙にいとまがありません。
究極の嗜好品、甘味
しかし、そんな環境であっても、やはり昔は「甘いもの」はそうそう手に入るものではなかったようで、子どもたちの甘いものに対する執着は花輪和一『刑務所の中』を思い起こさせるものでした。
(※刑務所の中は甘いものの価値が非常に高く、作者の花輪先生によれば「ヘロインなんか目じゃない」のだとか。)
時には盗んだり、友人から奪ってでもむさぼりつく様からは甘味に非常に飢えていたことがわかります。
・西瓜
(進一)
うん! うまい!
ほんとうに こんなうまい西瓜をたべたのははじめてだった!
なにしろ この西瓜にはスリルと 罪の意識という調味料が たっぷりふりかけてあったのだから・・・・
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』夏の章/中央公論社・花林糖
ノボルたちは花林糖をむさぼりくった!
ぼくはムチとアメをみごとにつかいわけるタケシに 底しれぬ不気味さを感じた!
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』秋の章/中央公論社
正直、今時かりんとうを子どもの土産にしても喜ばれることは少ないでしょうが、世が世ならまさに麻薬的吸引力なのだということを証明しました。
ボスであるタケシはそれを部下たちに分け与えて、人心掌握の道具とします。
『少年時代』現代っ子必読!夏が過ぎ風あざむ、戦時日本の春夏秋冬を知る貴重なマンガ作品・まとめ
現代日本の地方には、この『少年時代』で語られた物語と同じような風景はどのくらい残っているのでしょうか。
山菜をとり、あけびや木苺の甘味を楽しむ子どもたちはどれほどいるのでしょうか。
"限界集落"だとか"コンパクトシティ"だとか言ってるあたりから鑑みて確実に言えることは、これからを生きる子どもたちが自然に慣れ親しむ機会は今後さらに減っていくということ。
だって、私の世代ですら友人とそんな遊びはほとんどしたことないですからね。
しかし。
しかし、いくら時代の流れとはいえ、ですよ。
トランプ大統領も誕生したことで、いよいよもってこれから先がどうなるかわからない時代に突入します。
自分たちで畑を持つことや、山や海に入って食べられるものを採ってこれるという能力は、リスクヘッジにもなります。
自分で食べものを獲得できるということも、子ども本人の自信につながる可能性もあります。
(進一)
ほらみて! 庵主さん!
藤子不二夫Ⓐ『少年時代』再び夏の章/中央公論社
なにより、自分たちが生きているこの世界と自分の存在との関係性・連続性を正しく定義できることにもつながります。
教室の中だけ、会社の中だけが「世界」になってはいませんか?
テレビとPCとスマホのディスプレイ越しにしか世界が見えてない子どもには、ぜひとも体験して欲しい世界です。
『少年時代』。おすすめです。
それでは、また!
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