『母さんがどんなに僕を嫌いでも』たった一人支えてくれる人がいれば、人は生まれ変われる

『母さんがどんなに僕を嫌いでも』実話だからできる正面突破

著者:吉原さん(@yoshihara_san

先日、児童虐待をテーマにした、近藤ようこ『ホライズンブルー』のご紹介を致しました。

『ホライズンブルー』これぞ職人芸。あまりにも高いリアリティのクオリティ

『ホライズンブルー』恋愛の参考書にも最適。自己肯定感の低い女性は美人でも恋愛弱者

『ホライズンブルー』児童虐待-壊れたままの心はより弱い存在への攻撃に向かう

が、「児童虐待」というテーマでは、もうひとつ紹介したい作品があります。

歌川たいじ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』。作者の半生の自伝的内容です。

※2018年秋に実写映画化しました。

『ホライズンブルー』では、幼少期の母の冷たい態度が要因の一つとなり、児童虐待(おもに育児放棄)を起こしてしまいました。この場合は「消極的虐待」と言っていいと思います。

対して、この物語の主人公(作者・歌川たいじ)が母から受けた仕打ちはまごうことなく「積極的虐待」と言っていいでしょう。ひどいです。

この作品のすごいところは、最悪の体験があったにもかかわらず問題と真っ向から向き合あって決着をつけるところです。

体験談の強みと言っていいでしょうね。

フィクションでは嘘くさくなることを恐れてなかなかそこまで描けません。

“圧巻”と言っていいくらいです。

それでは、よろしくお願いします!

壮絶人生1.肥満でいじめられる

この物語の主人公・たいじ君が太るにあたっては、あたたかくも悲しいわけがあります。

ある時、母は家出。父はたいじ君を完全に無視。

いわゆる育児放棄を受けます。

母の家出が終わるまでの間、彼は父の経営する工場の人たちに面倒を見てもらいました。

そして母が戻ってからも工場の人たちは愛情と「食べ物」をくれたので、次第に彼は超肥満児になっていったのです。

そうしているうちに本格的に情が移ったとあとになって工場の人たちは話してくれました。

母が戻っても愛情と食物をくれたので

9歳になる頃には、僕は超肥満児になっていたのです。

食べものもらいすぎて肥満児に
(歌川たいじ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』「第1章 東京スカイツリー」/エンターブレイン)

またある時期から彼の母は料理を作らなくなり、代わりに冷蔵庫に食べ物を買って入れておくだけになりました。

しかし、幼い彼にとってはそのことが母との唯一のつながりのように思えたのです。

そして食べ物を「承認」の証と考え、ひたすら冷蔵庫にあるものを食べ続けた結果、彼はますます太りました。

太っていたことが原因か。

彼の抱える不安を”弱気”もしくは”つけ入るスキ”と見たのか。

小中学校を通じて彼は過酷ないじめや仲間はずれを受けることになります。

壮絶人生2.施設にぶちこまれる

9歳。

たいじ君は父親から徹底的な尋問を受け、母が若い男とデートにでかけたことをバラシてしまいます。

それをきっかけに、彼は遠く離れた施設にぶちこまれました。

母による、離婚がまとまるまでの情報統制のためです。

そこは虚弱体質の子どもたちを預かる施設でしたが、問題児であるために預けられた子どもたちも少なからずいたように思えたそうです。

八つ当たりの標的にされるのは決まって僕でした。

まぁ、デブだからいじめられるわけでもないし まだいいか

施設での暴力
(歌川たいじ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』「第1章 東京スカイツリー」/エンターブレイン)

「デブだからいじめられるわけでもないし まだいいか」というセリフに微妙な心理がある気がします。

自分の生来の気質を理由に八つ当たりされるのは別に構わなかったわけです。

この辺りに「たいじ君」の精神の根底は傷つけられていないことが伺われます。

壮絶人生3.母による本格的児童虐待

離婚は成立し、家には母の「カレシ」が住むことに。

そして、その「カレシ」は何度も入れ替わりました。

作者が「カレシ」とカタカナで表記したことにも意味があるんでしょう。

「彼氏」ですらない。

母はカレシたちとケンカを繰り返し、ストレスが溜まったのかたいじ君への本格的な児童虐待がはじまります。

麺打ち棒でめった打ち。

タバコの火を押しつける。

包丁で切りつける。

最悪です。

母はしだいに荒れていき、僕に暴力をふるうようになったのです。

子どもには逃げ場がどこにもありません。

いつの頃からか 母に暴力をふるわれていると、どこかからけたたましい笑い声が聞こえてくるようになりました。

母による虐待
(歌川たいじ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』「第2章 東京・食肉市場」/エンターブレイン)

わりとライトな絵柄で描いてますが、最悪ですよ。

子どもは逃げることも反撃することもできないですから。

「子どもを守ろう」の中身には「選択肢のない人間に責任はない→責任能力のない人間を責めてはいけない」って意味もあると思います。

「ばあちゃん」

しかし、たいじ君の人生を大きく変える存在として「ばあちゃん」がいました。

「ばあちゃん」。

正確にはたいじ君と血のつながった祖母ではなく、父(経営者)の工場の従業員でした。

工場には僕が生まれる前から働いていた年配の女性がいて、僕は彼女を「ばあちゃん」と呼び激しくなついていました。

たいじの「ばあちゃん」
(歌川たいじ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』「第2章 東京・食肉市場」/エンターブレイン)

幼いころから父の工場に出入りしていたたいじ君を見守ってくれる「第二の母」のような存在だったようです。

子ども時代のたいじ少年にたっぷりと愛情を注いでくれたのは、この第二の母である「ばあちゃん」だけだったのかもしれません。

たった「一人」でも、自分を受容してくれる。

承認してくれる。

信じてくれる。

そんな存在があるだけで、どんなに世界が違って見えるか!

ばあちゃんがしてくれたこと

たいじ君が施設に入る話がでた時も、肉食獣のような母に正面切って反対。

やっとのことで ばあちゃんにわけを話すと

ばあちゃんは しゃんと立ち上がり

母のいる事務所のほうへ歩いていったのでした。

ばあちゃんだけが寄り添ってくれた1
(歌川たいじ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』「第1章 東京スカイツリー」/エンターブレイン)

施設に入る日はついてきてくれて、四角い缶を手渡してくれました。

開けるとばあちゃん宛に宛名書きされた官製はがきが何十枚もでてきて、「いやなことや困ったことことがあったら、書いてポストに入れてね」と書かれた手紙が同封されていました。

ちょっと言葉にならないですね。

そして、時は流れ。

病床に伏すばあちゃんの病室で。

自虐的に自分が太っていることをネタに笑いをとろうとするたいじ君にたいして、自尊心を取り戻すきっかけを与えてくれました。

それは僕がずっと気づいていなかった”本当は叫びたい言葉”でした。

僕自身が気づかなかったのに、ばあちゃんにはその言葉がわかったのでした。

ばあちゃんだけが寄り添ってくれた2
(歌川たいじ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』「第1章 東京スカイツリー」/エンターブレイン)

未来に向けて歩みはじめる

この物語の主人公・たいじ君はもともと問題解決志向型の人間だったのだと思います。

あまりに幼かったときは荒れ狂う家庭内暴力に対応できなかったかもしれません。

しかし、自炊することにより自力で肥満を解消。

さらに家出のために高校も中退しますが、食肉市場で生計を立てます。

さらっと描いてますけど、これだけでもなかなかできることじゃないです。

そしてばあちゃんから「未来」を選ぶきっかけをもらってからは、独学で大検に取りくみ大学へ進学、ついで大企業へと就職。

はじめこそうまくいかなかったものの、トップ営業マンの仲間入りを果たします。

次第に周囲の羨望を集め、ずっと欲しかった友人たちにも恵まれていくことになります。

このことが、母を受け入れる土壌を育ててくれたんでしょうね。

母との再会

紆余曲折を経つつも、自分らしい人生を過ごしていたたいじ君に、母からの電話がかかります。

最終的に幸せな再婚を果たしていた母は、その再婚相手が死んだ悲しみを紛らわすためなのか息子を呼び出すことにしたのでした。

ここから母とがっぷり四つに組んでの真っ向勝負がはじまります。

みっともなくてもいいッ

僕だってみっともない気持ち悪いって云われて生きてきたんだからッ

母と向き合う
(歌川たいじ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』「第4章 隅田川」/エンターブレイン)

その後、どのような経緯をたどるかは本編を読むにまかせるのですが、まさに『母さんがどんなに僕を嫌いでも』というタイトルにふさわしい堂々たるものでした。

『母さんがどんなに僕を嫌いでも』まとめ

この作品を読んで「人間関係を修復する」ということについては今一度改めて考えたいと思えました。

自分を振り返ると、切り捨てて終わってしまっているところが多かったのではないか、と。

理解されないものはしかたない。理解できないものはしかたがない。

まぁそういうこともあると思いますが、少なくとも今の線引きのラインが適切なのかどうかは検討したくなりました。

そして、ばあちゃん。

「ばあちゃんについて語ろうとすると言葉がでてきません。

特に子や人を育てる立場にある人は、ぜひ手に取って読んでみてほしい作品です。

それでは、また!


1巻完結!

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あわせて読みたい

なんと児童文庫にもなっています。

いま、辛い境遇にいる子どもや、まっったくそんなところまで想像が及ばない人生を送っている小学生に読んで欲しいですね。

「たいじ君」の人生を「わかる」ことはできません。

でも可能な範囲、想像するよう努めることはできます。

その時、自身はなにを思うか、感じるか。

すべてはそこからです。